民法147条1項は「裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新」について以下の通り定めています。
【民法】
(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)
第百四十七条 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一 裁判上の請求
二 支払督促
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
2 前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。
消滅時効が完成する前に、支払督促(民事訴訟法382条以下)の申立がなされた場合には消滅時効の進行は「完成猶予」となり、支払督促が確定した場合には、その時から新たに進行を始めます(更新)。
ところで民事訴訟法396条は支払督促の効力として「確定判決と同一の効力を有する」としております。
【民事訴訟法】
(支払督促の効力)
第三百九十六条 仮執行の宣言を付した支払督促に対し督促異議の申立てがないとき、又は督促異議の申立てを却下する決定が確定したときは、支払督促は、確定判決と同一の効力を有する。
従って消滅時効完成前に支払督促申立がなされ確定をしたことによる更新後の消滅時効期間は民法169条1項により10年となります。
【民法】
(判決で確定した権利の消滅時効)
第百六十九条 確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。
2 前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。
問題は、消滅時効期間が経過し、消滅時効が完成後に支払督促申立がなされた場合です。まず支払督促申立がなされたら、これに対しは放置せずに、期間内に異議を申し立て、その理由として消滅時効を援用することで債権は時効で消滅の効果を得ることができます。
しかし、消滅時効完成後に支払督促申立がなされ、そのまま確定してしまった場合に消滅時効の援用がもはやできなくなるのか。この問題は、民事訴訟の判決に認められる「既判力」を支払督促も有するのかという問題に帰着します。仮に消滅時効完成後に民事訴訟が提起され、消滅時効を援用せずに、欠席判決等で確定をしてしまった場合は判決の既判力により、事後に消滅時効を延長し、例えば強制執行を排除する、あるいは既になされた強制執行について不当利得等で原状回復を図ることはもはやできません。
ところが、支払督促については「確定判決と同一の効力を有する」とされているにも関わらず、この「既判力」は有しません。新堂幸司先生の「新民事訴訟法[第6版]」(弘文堂)では「確定した仮執行宣言付き支払督促(396条)は、旧法下では、既判力があると解されていたが、裁判所書記官権限となった平成8年改正法下では、民事執行法35条2項後段の削除により既判力がないことが立法上明らかにされた」(690頁)、「・・・支払督促は確定判決と同一の効力をもつに至る(396条。既判力はない。民執35条旧2項には「仮執行の宣言を付した支払命令についての異議の事由はその送達後に生じたものに限る」と規定されていたが、平成8年民訴法改正のさい削除された)」(899頁)と解説されています。
さいたま地判 平成26年4月30日は、仮執行宣言付支払督促を有する債権者が時効中断のために給付訴訟を提起したが,その一部に時効中断の必要が認められないときに,既判力を有しない債務名義に表示された債権の存在又は内容に争いがある場合には,同一の債権に基づき給付訴訟を提起する訴えの利益を認めるべきであるとして,訴えの利益を認めていますが、その前提として「仮執行宣言付支払督促は既判力を有しない債務名義である
・・・(民事執行法35条2項,深沢利一「民事執行の実務(下)[補訂版]」62 6頁参照」として)仮執行宣言付支払督促には既判力がないことを前提としています。
従って、消滅時効完成後に支払督促がなされ確定し、強制執行がなされた場合でも、債務者はなお消滅時効を援用することが許容されます(既判力による遮断はされません)。
大昔の消費者金融・クレジットの債務について、サービサーなどから請求がなされることが散見されますが、その中には消滅時効が成立している事案も少なくありません。消滅時効完成後になされた支払督促が確定している場合でも、既に強制執行がなされた場合でも、なお消滅時効を援用する可能性があるということになります。