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大谷最高裁判所長官による憲法記念日記者会見の概要

 最高裁判所HPに大谷最高裁判所長官による憲法記念日記者会見の概要が掲載されています。以下,全文貼り付けます。

 

 大谷最高裁判所長官は、憲法記念日を迎えるに当たって記者会見を行い、談話を発表するとともに、以下のとおり、記者からの質問に応じました。

【記者】

 新型コロナウイルス感染症の流行は収束の兆しが見えません。裁判所では専門家の知見も踏まえ、業務を縮小せずに裁判や事務を続けていると承知していますが、傍聴席の削減など、長期化に伴う弊害が今後顕在化することが心配されます。中長期的な課題についての対処方針をお教えください。一方、感染拡大に伴って、民事裁判や家事審判でのウェブ会議利用が広がっているほか、民事裁判書類電子提出システムの導入など、裁判手続IT化の取組が進んでいます。利用者の利便性向上と、情報通信機器になじみのない人たちへの対応の両立に向けて、どのように取り組まれますか。また、刑事手続のIT化も検討が進められていますが、意義をどう捉えておられますか。

【長官】

 まず、コロナ関係ですが、昨年のこの機会にも申し上げたとおり、裁判所においては、感染拡大防止と司法機関としての機能の適切な維持の両立を図ることが最大の課題であるとの認識に立って、地域の感染状況あるいは政府・地方自治体の方針に留意しながら、ウェブ会議の活用等の裁判手続の運用上の工夫等を進めて裁判業務を実施してきたところです。
 昨年の憲法記念日記者会見の後も、裁判所における感染防止対策は、専門家に法廷の実情等を節目ごとにお伝えした上でその助言を得て、公衆衛生学等の知見を踏まえたものとして継続性をもって実施してきました。本感染症に関する専門的知見も流行開始直後から進展してきているので、これに伴って、例えば変異株の特性に応じた見直しなどを随時行ってまいったところです。
 今後も、同様の姿勢の下に、当面、感染防止対策を維持していくことになると思いますが、2年以上の長期にわたって続けてきたことで得られた様々な経験をこれからの事態の対応において適切かつ柔軟に生かすというスタンスの下に、今、御質問のありました、現在行われております傍聴席の取扱いなども含め、適時の見直しの検討を行っていく必要があるものと考えています。
 次に、デジタル化関係ですが、先ほど冒頭の談話において、裁判手続のデジタル化は、今後の裁判の姿、裁判所の姿を全体として大きく変える契機となるものであるという認識を申し上げるとともに、国民の生活様式や利用者のニーズに即して、これからのデジタル社会における在り方を見通しながら検討を進めることが重要である旨を申し述べました。これを言い換えますと、裁判手続のデジタル化は、社会のデジタル化に即応したものであると同時に、法的紛争解決手続をデジタル化することで社会のデジタル化の基盤としての貢献を果たしていくという双方向性を持っているものと考えています。
 そのような意味からも、今、御指摘のあったような「両立」、すなわち、情報通信機器になじみのない方々も含め、広く国民にデジタル化のメリットを享受いただけるものとなることを目指して裁判手続のデジタル化を進めていくことが重要であると認識しています。
 今後の具体的な検討に当たっては、デジタル化が進展する社会の実情や、あるいはデジタル技術の動向などに目を向けつつ、引き続き関係機関とも協力しながら、より利用しやすい裁判手続となるよう、必要な取組を着実に進めていきたいと考えています。
 また、刑事手続のデジタル化については、政府において、刑事手続に情報通信技術を活用する方策につき、検討結果が取りまとめられました。その中では、例えば、証拠資料等が電子化され、これがオンラインで発受されることが想定されていますが、裁判所としても、このような刑事手続におけるデジタル化により、より一層迅速で質の高い裁判を支える柱が新たに形作られることを期待しております。

【記者】

 価値観の多様化や社会状況の変化に伴い、家族関係や労働問題など、紛争の複雑化、困難化が進んでいます。裁判手続を通して政策形成を企図した訴訟が各地で提起されるなど、裁判所による公正・中立な判断に対する利用者の期待はますます大きくなってきました。迅速で適正な解決能力や、それを支える個々人の資質の向上が、これまでにも増して裁判官、職員には求められているのではないでしょうか。裁判所が重い使命を果たし続けるため、今後、人材育成や研さんの機会をどのように確保していかれる考えか、お聞かせください。

【長官】

 国民の価値観の多様化等に伴って生じる様々な法的紛争について、公正・中立な立場から迅速かつ適正な判断を示す役割を担う裁判所に対する期待が大きくなっているということができるように思うわけですが、裁判所に提起される事件には、利害や価値観が激しく対立し、社会的影響の大きな判断を求められるものも少なくありません。そういう中で、裁判事務を担う個々の裁判官及び裁判所職員の資質のより一層の向上が求められているのではないかという御指摘は、私もそのとおりであると思います。裁判官、裁判所職員は、社会経済情勢の変化に関し、アンテナを張って鋭敏にこれを捉えて、幅広い分野の知識や実情等を吸収し、広い視野や深い洞察をもって執務に取り組んでいくことが、適切な判断、それから結論に至った理由付けの明確性といった点から必要と考えています。
 そのために、まず、肝要なのは、OJTというべき日常の自己研さんであると思いますが、裁判官の場合、個々の事件の審理における合議の場が与えられていることの意味合いは非常に重要であり、日頃から裁判官同士が自由かったつに議論を交わしながら執務に取り組むことによって力量を高めていくための環境整備に努めているところです。
 そして、これを支えるという観点からいうと、司法研修所や裁判所職員総合研修所において行う研修の充実強化にも努めています。コロナ禍にあって各種研修を参集型からオンライン型に切り替えざるを得ない事態となったわけですが、全国に配置されている裁判官や職員に対して、機動的かつ柔軟な形で研修や意見交換ができるオンラインのメリットも実感できたところです。そうした方式も活用して、裁判官等に対する研修において、新しい時代の要請を踏まえた課題を積極的に取り上げ、外部の専門家を講師として招き、これは法律分野に限らず、最新の議論状況の紹介や意見交換をすることの意義は大きいと感じています。そうした機会が刺激となって、研修に参加した裁判官が更に自己研さんを深めてもらうことを、私としては期待しているところです。例えば、昨年度でいいますと、新型コロナウイルス感染症をめぐる諸課題を取り上げました。私や同僚の最高裁判事もオンラインで一部を傍聴したわけですが、全体としては大変好評であったと承知しているところです。
 このほか人材育成の面について一言申し上げると、裁判所は、各種裁判手続のデジタル化に取り組み、裁判所全体のデジタル化の検討・準備を本格化させているわけですが、期限付任用又は非常勤の形で、デジタル技術の専門家の採用にも力を入れているところです。デジタル技術の専門家が民間企業等で培ってきた知識や経験を裁判所内で生かしながら、システム開発等に向けた検討を進めていきたいと考えているわけですが、共に働く裁判所職員が、デジタル化の取組にとどまらず、仕事のやり方を含めて、新たな視点というものを獲得し、社会の様々な事象に対して、より感度の高いアンテナを張ることができるという意味もあるのではないかと期待しています。
 これらは一例ということになりますが、裁判所全体として、裁判官や裁判所職員に対して、主体的かつ自律的な研さんを通じての資質の向上に適した環境整備に努めてまいりたいと思っているところです。

【記者】

 裁判員裁判制度の開始から間もなく13年となり、来年からは18、19歳も裁判員に選ばれるようになります。地域社会と連携した制度の周知が一層重要になると思いますが、若い世代に参加してもらうことの意義をどう感じておられますか。また、制度が広く定着し、安定的に継続されてきた一方で、今後は裁判員との評議で得られた知見を生かして、より良い刑事司法の在り方を探る取組も必要になってくると思います。所感をお聞かせください。

【長官】

 今お話にありましたように、令和5年以降18歳及び19歳の世代の参加を得ることは、裁判員裁判を発展させるためにも意義のあることだと受け止めています。このような若い世代の皆さんにも、評議において、それぞれの視点等に基づく率直な意見を述べていただくことで、幅広い国民の視点・感覚を裁判に反映させることにつながると思っているからです。そのためにも、個々の事案において、分かりやすい審理への努力に一層力を入れていくことが重要になります。また、冒頭の談話でも述べましたとおり、若い世代に積極的に参加してもらうために、裁判所としても、法教育の実情を把握し、その実情を踏まえた広報活動に努めるほか、そうした活動を通して寄せられる声を制度運営の改善に生かすという姿勢で臨むことが肝要であると考えています。
 コロナ禍での体験も含めて、この10年余りという時間の中で、制度がおおむね安定的に運用されてきたのも、国民の皆様の理解と協力に支えられていたことが大きかったことは、いろいろな機会に繰り返し述べてきたところです。
 今後、更に制度を発展させ、将来にわたって我が国の社会に確実に根付かせていくためには、裁判員裁判の運営や判断の在り方全般について、裁判所全体で検討を進めていくという姿勢が当然のこととして次の世代に引き継がれていかなければならないと思っています。この点で、特に近時は、裁判官の間で、裁判員と裁判官が実質的に協働し、裁判員の視点・感覚を的確に判断内容に反映させるための方策について、これまでの10年余りの実際の事件での経験を踏まえた具体的な議論が盛んになってきていると思っています。従前から、控訴審の在り方について議論になっていたわけですが、最近では、高裁で事件を担当する裁判官と一審の裁判官との間の対話も深まりを見せてきていると私は思っています。このような議論は刑事裁判全体の在り方にも影響を及ぼし得るものであると思います。今後も、このような議論を地道に積み重ねるなどして、より良い制度運用に向けた努力をたゆまずに続け、在るべき刑事裁判の将来像を描いていくことが求められているのではないかと思っています。

【記者】

 裁判員裁判の関係なのですけれども、高裁の裁判官と地裁の裁判官との対話の深まりを見せてきている、とおっしゃられましたが、破棄率などの数字を見ると、少しずつ変化も見えてきていると思いますが、その辺りをもう少し付言というか補足していただきたいと思います。

【長官】

 なかなか一言で述べるのは難しいですが、高裁が一審の判決をレビューするというか審査するというときに、もとより現行刑事訴訟制度の中で高裁の在るべき立場とかスタンスはどういうものかという議論が一つあるわけですね、法律解釈として。これは裁判員裁判が始まる前から議論されてきたところで、基本的に刑事訴訟法は変わっていませんから、その問題はその問題としてこれからも議論されていくだろう。ただ、まだ裁判員裁判が始まって10年余りという現状を踏まえると、そのこととは少し離れて、高裁が一審の在るべき裁判員裁判像をどう見ているのかというところの共通認識が当然に必要になってくるわけで、それを踏まえてレビューするということになると思うので、高裁が描いている在るべき裁判員裁判像というものについて一審の裁判官と共通認識がないと、ここに断絶があると、健全に事件の処理がされていかないだろう。そういう点で、個別の事件だけではなく、もう少し一般的な運用も含めて高裁の裁判官が記録を通して在るべき裁判員裁判像をどう見たかということについて、率直な意見交換、それを先ほどは「対話」と申しましたが、そういう機会はあった方がよいだろう、あるいは欠かせないのではないかと考えてきました。そういうことが各庁で試みられているし、そういう高裁のイメージというものが前提となった判示もされてきていると個人的には思っています。

【記者】

 大きく2問あるのですけれども、まず一つ民事裁判のデジタル化・IT化について法案の審議は進んでいまして、仮に法案が成立した場合は、細かい不正の防止や適用場面、システム作りというのは最高裁の規則や運用に委ねられるところがあると思うのですけれども、こうした課題面を含めて運用の在り方についてお考えがあれば教えてほしいのと、同時に期間限定の審理が新たに審議されていますが、それが導入された場合、その意義や考えについてお聞かせいただけますでしょうか。

【長官】

 結論からいうと、どういう制度設計が最終的にされるのかを待って、裁判所はそれに基づいて、その枠の中で、最大限意義を高めるためにはどうしたらよいかという運用を考え、場合によっては規則を作っていくというプロセスですので、今の段階で、「期間限定の審理」の点も含めて、私の立場からこうあるべきだというコメントはなかなか難しいように思います。いずれにせよ、今ウェブ会議の運用が各庁で広く行われているわけで、それは在るべき裁判手続をどうしたらよいかということにもつながっていくわけですので、実際に事件を担当しながら試行している裁判官たちの経験や意見を的確に集約して、それをまた規則化、あるいは具体的な運用の在り方を現実的に論じるときに提示していくということなのだろうと思います。それ以上の踏み込んだ発言は差し控えたいと思います。

【記者】

 インターネット上の誹謗中傷というものが社会問題化されていて、侮辱罪であれば法定刑が1年以下の懲役を盛り込むような刑法の改正というものが答申されております。一方で、そうしたことが表現の自由の侵害に当たるのではないか、国民の表現活動の萎縮につながるのではないかといったような心配する声もあります。ネット上の誹謗中傷問題について、まず全般的にこれに関しての御意見と、憲法との兼ね合いでお考えがあればお聞かせいただけないでしょうか。

【長官】

 まさに今、その誹謗中傷問題が現実に取り上げられていることを踏まえての質問なので、私の立場から申し上げることは結論としては難しいかなと思います。冒頭の談話で述べたように、裁判所に持ち込まれる紛争というのが、元々紛争ですから対立姿勢をもっているわけですけれども、価値観が多様化するに従って、その衝突が激しい論点というものが出てくる。憲法上の価値についても、どれを優先しなければならないかということがシビアに問われる新しい問題として出てくるということは、常に想定されているところであり、インターネット上の問題というものは正にそういう論点なのだと思います。先ほど申しましたように、それについてどうこうすべきだということをここで申し上げるのは適切ではないと思いますが、いずれにせよ、何らかの立法がされるのであれ、現在の枠の中で訴訟が行われるのであれ、そういう価値観が対立しているということについて、それぞれの立場がどういう主張をベースにして対立しているのか、裁判所としては視野を広げて、客観的に冷静に汲み上げていくという姿勢が必要でしょうし、特に新しい問題については、裁判所としては求釈明するという方法もあるわけですから、訴訟の中できちんと論争がかみ合っているのかどうかという辺りを見ていくということが、一般論としては、今言われた問題に限らずですけれども、特に求められているのかなという気がしています。

【記者】

 民事IT化のことについて伺いたいと思います。先ほどの話と重なるのですが、民事IT化については技術面だけでなくて、これまでの裁判の運用の在り方自体を変えていく大きな契機として期待する声もあるかと思います。長官御自身も昨年の記者会見でIT化を進めるに当たっては裁判運用の問題点を正しく認識することが不可欠とおっしゃっていたかと思います。そこでお尋ねなのですが、現在の裁判の運用についての問題意識や今後どのような視点を、変えていくに当たって重要になるかについてお考えがあれば伺えればと思います。

【長官】

 これもなかなか一言で申し上げるのが難しいわけですが、迅速・適正に紛争を解決していくということが求められている裁判について、その方向で行われたいろいろな制度改革や法改正を実現していくということが必要になるわけですね。そういう点でいうと、長い時間的な物差しで見れば、昔と比べて、裁判というものが争点中心主義に移行し、審理期間も短くなってきていると言えるのでしょうけれども、もう少し短い物差しで最近を見たときに、そういう方向に確実に向かっているかどうかというのはいろいろな批判もあるところだろうと思います。そういうことを踏まえると、現時点での民事裁判の運用、それは現行民事訴訟法ができたときにいろいろな理念がうたわれて、そういう理念に基づいて、争点が整理され身の詰まった審理が集中的に行われるというところでできた民事訴訟法がうまく機能しているかどうかということを、そろそろ見直してみるという時期に差しかかっているのではないか。そこを見直すというのは、IT化と必ずしも一致しているわけではないといいますか、別の視点で見直していると言えるので、その点の見直しをした上で、改善の余地があるとすれば、IT化というものを、あるいはデジタル化というものを、そこにどう組み込んでいくかという視点が次に出てくる。そこをセットにして考えなくてはならないだろうし、第一線の裁判官にも、そういう問題意識でこの議論をしてほしいというのが、私の願いということになります。

【記者】

 政治や経済など社会の様々な分野で重要な意思決定に関わる女性が少なく、男性に偏っているというジェンダー格差についてお尋ねします。最高裁の裁判官も日々重要な問題に関わっており、社会に大きな影響力を与えていると思いますが、15人のうち女性が2人にとどまることについて、女性の最高裁裁判官を更に増やす必要があるとの意見もあります。最高裁裁判官の男女比はどうあるべきでしょうか。長官のお考えとその理由をお聞かせください。

【長官】

 最高裁の裁判官について、ということで質問が特化しているのであれば、この点は、内閣が行う最高裁判事の任命の問題ですので、私として所感を申し上げるのは控えたいと思います。最高裁判事ということではなく、裁判所全体のジェンダーバランスということであれば、数字を見ていただいても、女性の裁判官、あるいは裁判所職員に占める女性の割合というものは着実に増加していると言えますし、今後ともワークライフバランスを推進するなどして、男女ともに活躍できるよう、今後とも取り組んでいきたい。これまでも繰り返し申し上げていますが、そのように思っています。