仙台高判令和5年3月10日(いわき市民訴訟控訴審判決)の怪(その1)

 福島原発事故をめぐる集団訴訟において仙台高裁令和5年3月10日判決は国の責任について以下のとおり判断しています。

 

【経済産業大臣が技術基準適合命令を発すべき義務を怠ったことについて】

 原子力基本法2条は、原子力利用の基本方針について、原子力の利用は、安全の確保を旨として、これを行うものとすることを定めている。

 そして、津波により原子力発電所の施設が浸水すれば、非常用発電設備が機能を失うばかりでなく、場合によっては全電源を喪失して原子炉を冷却できなくなり、炉心溶融に至る重大事故が発生する危険が高くなることは、原子力発電所の安全確保についての常識であるから、原子力発電所の施設が津波により浸水しないようにすることは、原子力基本法2条に定める安全の確保の基本であるといわなければならない。  電気事業法39条に基づく発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令4条1項の規定も、津波により、原子炉施設、とりわけ原子炉を冷却するための非常用電源設備等の設備が浸水しないようにすることを当然の前提として、原子炉施設が津波により損傷を受けるおそれがある場合、防護施設の設置、基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければならないと定めたものと解される。

 

 土木学会原子力土木委員会津波評価部会が、平成14年2月に「原子力発電所の津波評価技術」という研究成果を公表した趣旨も、原子力発電所の施設が津波によ り浸水することを防ぐことが、原子力発電所の安全確保に極めて重要であるという共通認識に立って、津波を的確に想定するためであったことは明らかである。

 原子力利用の安全の確保が原子力基本法の下での原子力政策の基本方針であり、 原子力発電所の津波対策が炉心溶融に至る重大事故を防ぐために極めて重要である という共通認識を前提とすれば、政府の機関である地震調査研究推進本部の地震調査委員会が、これまで想定されていなかった福島県沖についても、マグニチュード 8クラスのプレート間大地震(津波地震)が、今後30年以内の発生確率は20% 程度、今後50年以内の発生確率は30%程度と推定されるという研究成果を公表 したことは、このような研究成果を原子力発電所の安全確保に不可欠な津波の想定に直ちに反映させるべき重要性と必然性を持っていたと評価するのが相当である。原判決説示のとおり、長期評価に関する明確な否定材料はなかったと認められる。

 そして、平成14年7月に長期評価が公表された当時、既に土木学会による津波評価技術という研究成果もあったのであるから、長期評価の公表後直ちに想定される津波の試算に着手すれば、東電設計が4か月以内に試算を被告東電に報告したこ とからも明らかなように、平成14年末までには、福島第一原発の敷地高を越える O.P.+15.7mの津波を想定することは十分に可能であった。

 したがって原告らの主張するとおり、長期評価の津波地震の想定を踏まえれば、 遅くとも平成14年末には、福島第一原発は、技術基準にいう「原子炉施設が津波 により損傷を受けるおそれがある場合」に該当していたものと認めるのが相当であ り、被告東電は、電気事業法39条によって、長期評価によって想定される津波に対し、原子炉施設について適切な防護措置を講ずる技術基準適合性確保義務を負い、 経済産業大臣は同法40条によって、この被告東電の義務を確実に履行させるための技術基準適合命令を発する規制権限を有するに至っていたと認められる。