仙台高判令和5年3月10日(いわき市民訴訟控訴審判決)の怪(その2)

 仙台高裁令和5年3月10日判決は平成14年長期評価の信用性を認めた上でさらに以下のとおり判断しています【17頁以下】

 

【経済産業大臣が技術基準適合命令を発すべき義務を怠ったことについて】

<前略>

・・・しかし、経済産業省の機関である原子力安全・保安院の原子力発電安全審査課耐震班のA班長ら担当者が、長期評価の公表直後、平成14年8月5日、被告東電の 担当者に対し、福島県沖から茨城県沖でも津波地震が起こると考えて、福島県沖か ら茨城県沖に波源を移動させて、津波評価技術に基づいて想定される津波高の計算を行い、福島第一原発の安全性を確認するべきではないかと主張し、長期評価に基づく津波計算を行うよう促したのに対し、被告東電の担当者は、長期評価に基づく 津波計算をすること自体を拒否し、保安院の担当者は、被告東電に対し、長期評価に基づく津波の計算をすることをそれ以上は求めなかった(甲A519)。

 

 被告東電は、このように長期評価において福島県沖でもマグニチュード8クラスの津波地震が発生する可能性が相当程度あることが示され、津波に対する福島第一原発の安全性について重大な疑義が生じたにもかかわらず、長期評価によって想定される津波を計算した上で、技術基準に従ってその津波を想定した適切な防護措置を講ずべき電気事業法39条に基づく技術基準適合性確保義務を履行しない意思を 保安院に対して明らかにしたのである。このような被告東電の対応では、福島第一 原発の施設は、長期評価によって想定される津波により損傷を受けるおそれがあり、 技術基準に適合しないことにより、想定される津波によって炉心溶融などの重大事故が発生する具体的な危険が生ずるに至ったといえる。

 

 一方で、当時の原子力規制法制においては、既に運転している原子力発電所の安全の確保は、もっぱら電気事業法に基づく技術基準と経済産業大臣による技術基準 適合命令による規制によって確保されることが予定されていた。

 

 津波により浸水すれば炉心溶融に至る重大な事故が発生する具体的な危険があると認められる原子力発電所については、そのような重大事故により大量の放射性物質が拡散すれば、地域住民の生命身体の危険が生じ、日常生活の平穏が侵害され、 地域社会そのものが崩壊する重大な危険があるのであるから、運転中の原子力発電所の安全確保に関する電気事業法による規制権限をもっぱら委ねられていた経済産業大臣としては、原子力利用の安全の確保という原子力基本法の基本方針に従い、 かつ、電気工作物の維持及び運用を規制することによって公共の安全を確保すると いう電気事業法1条に定める目的を踏まえ、遅くとも平成14年末には、電気事業法40条に基づき、被告東電に対し、長期評価によって想定される津波に対し、原子炉施設について適切な防護措置を講ずるよう命ずる技術基準適合命令を発すべき義務をも負うに至ったと認めるのが相当である。