仙台高判令和5年3月10日(いわき市民訴訟控訴審判決)の怪(その4)

 仙台高裁令和5年3月10日判決は、これまで見てきたとおり、【経済産業大臣が技術基準適合命令を発すべき義務を怠ったことについて】との項において、

 

・地震調査研究推進本部地震調査委員会の長期評価の明確な否定材料はなかった

平成14年7月長期評価公表後直ちに想定される津波の試算に着手すれば、東電設計が4か月以内に試算を被告東電に報告したことからも明らかなように、平成14年末までには、福島第一原発の敷地高を越える O.P.+15.7mの津波を想定することは十分に可能であった

・遅くとも平成14年末には、福島第一原発は、技術基準にいう「原子炉施設が津波により損傷を受けるおそれがある場合」に該当していた

・被告東電は、電気事業法39条によって、長期評価によって想定される津波に対し、技術基準適合性確保義務を負い、 経済産業大臣は同法40条によって、この被告東電の義務を確実に履行させるための技術基準適合命令を発する規制権限を有するに至っていた

・保安院の原子力発電安全審査課耐震班のA班長ら担当者が、長期評価の公表直後、平成14年8月5日、被告東電の担当者に対し、福島県沖から茨城県沖でも津波地震が起こると考えて、福島県沖か ら茨城県沖に波源を移動させて、津波評価技術に基づいて想定される津波高の計算を行い、福島第一原発の安全性を確認するべきではないかと主張し、長期評価に基づく津波計算を行うよう促したのに対し、被告東電の担当者は、長期評価に基づく 津波計算をすること自体を拒否し、保安院の担当者は、被告東電に対し、長期評価に基づく津波の計算をすることをそれ以上は求めなかった(甲A519)。

 ・被告東電は、このように長期評価において福島県沖でもマグニチュード8クラスの津波地震が発生する可能性が相当程度あることが示され、津波に対する福島第一原発の安全性について重大な疑義が生じたにもかかわらず、長期評価によって想定される津波を計算した上で、技術基準に従ってその津波を想定した適切な防護措置を講ずべき電気事業法39条に基づく技術基準適合性確保義務を履行しない意思を 保安院に対して明らかにした

・このような被告東電の対応では、福島第一 原発の施設は、長期評価によって想定される津波により損傷を受けるおそれがあり、 技術基準に適合しないことにより、想定される津波によって炉心溶融などの重大事故が発生する具体的な危険が生ずるに至ったといえる

当時の原子力規制法制においては、既に運転している原子力発電所の安全の確保は、もっぱら電気事業法に基づく技術基準と経済産業大臣による技術基準 適合命令による規制によって確保されることが予定されていた。

・原子力発電所については、重大事故により大量の放射性物質が拡散すれば、地域住民の生命身体の危険が生じ、日常生活の平穏が侵害され、 地域社会そのものが崩壊する重大な危険があるのであるから、経済産業大臣は、遅くとも平成14年末には、電気事業法40条に基づき、被告東電に対し、長期評価によって想定される津波に対し、原子炉施設について適切な防護措置を講ずるよう命ずる技術基準適合命令を発すべき義務をも負うに至った

経済産業大臣が、長期評価が公表された翌年である平成15年以降も、平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震による津波によって本件事故が発生するまで、 8年2か月もの間、このような技術基準適合命令を発しなかったことは、電気事業法40条により与えられた規制権限を適正に行使しなかったものであり、原子力基本法の基本方針に反し、電気事業法に違反する違法な不作為であった。

津波による浸水により原子力発電所において炉心溶融に至る深刻な事故が発生す る具体的な危険を防止するために法により与えられた規制権限を行使することは、 経済産業大臣の義務であって、その権限の行使に専門技術的な裁量の余地はない。

現に保安院も、平成18年9月に改定された耐震設計審査指針に即し被告東電を含む各電力会社等に対し耐震バックチェックを実施しその結果を報告すること などを指示している。

耐震バックチェックルールは、津波に対する安全性を評価項目の一つとして挙げ、その評価方法として「津波の評価に当たっては、既往の津波の発生状況、活断層の分布状況、最新の知見等を考慮して、施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性がある津波を想定し、数値シミュレーションにより評価することを基本とする」としていた

と判示している。

 最高裁令和4年6月17日も黙示的には前提としている長期評価の信用性と予見可能性を認め、平成14年末頃には規制権限を行使すべき義務を負っていたとしている。少なくとも長期評価の信用性と予見可能性の論点はもはや決着済みである。