仙台高判令和5年3月10日(いわき市民訴訟控訴審判決)の怪(その8)

 仙台高裁令和5年3月10日判決は、「「2 本件事故を回避することができる相当程度高い可能性があったこと」の項のまとめとして続けて以下のように判示している(21頁以下)。

 

 技術基準適合命令を発していれば、被告東電は当然にこれらの措置を講じたと考えられ、また津波に対する原子力発電所の安全対策は、炉心溶融による重大事故を万一の場合にも防ぐため、本来、安全上の余裕をもって設計されるべきものであることからすれば、1号機から4号機の主要建屋設置エリアの浸水高が、約11.5 mから約15.5mであり、同エリアの南西部の浸水高が、局所的に約16mから約17mであったという本件津波(別紙5)が到来しても、上記の防潮壁の設置や水密化の措置により、非常用電源設備が浸水して機能を喪失し、全電源を喪失して 炉心溶融を起こすような重大事故の発生は、相当程度高い可能性をもって避けられたはずであると認められる。

 

 東電設計の試算(別紙7)によれば、既存の防波堤の南側と北側において、敷地 の高さである海抜10mを優に超える津波の遡上が想定されただけでなく、当該防波堤の湾内においても、1号機から6号機までの各原子炉に係る取水ポンプの位置 (海抜4m)において、海抜10m前後の津波が想定されるとともに、1号機北側 の敷地にも津波が遡上すると想定されていた。試算は、福島県沖の特定の場所を震源と仮定し、明治三陸地震の断層モデル(波源モデル)を前提にしているが、それは一つのモデルにとどまり、実際に発生する津波地震がこのモデルに必ず一致するものでもない。地震及び津波が諸条件によって複雑に変化し、予測が困難な自然現象であって、これらに関する研究や予測の技術も発展過程にあることを考え併せれば、原子力発電所の安全対策にあたっては、長期評価に基づく津波の想定において、 東電設計の試算のみではなく、これを基本としつつも、相応の幅をもって津波を想定し、危険を評価するのが当然であると考えられる。

 

 また、津波が敷地に到達すれば、主要建屋の1階又は地下1階に設置された非常用電源設備が浸水して機能を停止し、原子炉の冷却機能が失われて、深刻な事態が生ずることは明らかであったから、福島第一原発の施設の津波に対する安全対策は、 安全上の余裕を考慮した想定がされたはずであると考えられる。

 

 そうすると、試算において、防波堤の湾内において、海抜10m前後の津波が迫り、その一部が敷地 に遡上する可能性が想定されていたことから、敷地の南東側からだけでなく、東側からも津波が遡上する可能性を想定することは、安全対策上、むしろ当然であったというべきである。

 

 その当時、国内及び国外の原子炉施設において、一定の水密化等の措置が講じられた実績もあり、扉、開口部及び貫通口等について浸水を防止する技術的な知見も蓄積していた。原子力発電所は、津波に対する安全性を強く求められていたから、 こうした知見を踏まえ、具体的な断層モデルの設定に応じて、波高や波力等に影響する様々な条件を考慮するとともに、不確実性については安全上の余裕を考慮しつ つ、必要かつ適切な設備の性能等を検討することにより、水密化等の措置を講ずる ことは十分に可能であったと考えられる。

 

 長期評価の公表から8年以上もあったの であるから、こうした設備工事が平成23年3月11日までの間に完了できたことは容易に推認される。

 

 以上のとおりであるから、長期評価を前提に、経済産業大臣が技術基準適合命令を発した場合、被告東電としては、速やかに、敷地の東側からも津波が遡上しないよう、防潮壁の設置や、重要機器室やタービン建屋等の水密化等の適切な防護措置を講じた可能性は相当程度高いものということができる。