東京電力は平成28年7月22日付で「2008年試計算結果に基づく確認の結果について」と題する書面を作成し、裁判所に証拠提出している。東電や国に対する損害賠償請求訴訟が全国各地で提起され、また、東電経営陣の刑事責任や株主代表訴訟による経営者責任が問われた後に作成されたものであり裁判対策以外の何物でもない。しかも作成者は東電設計ではなく東京電力ホールディングスとなっている。
平成20年試算に基づく対策として
ア 本件原発南側敷地にO.P.+22m及びO.P.+17.5mの天端高さの防潮堤を設置する。
イ 1号機北側にO.P.+12.5mの天端高さの防潮堤を設置する。
ウ 本件原発北側敷地にO.P.+14mの天端高さの防潮堤を設置する。
の対策(図-6)をしても3.11津波(ただし東電L67モデル)は防げなかった(図-7)といものである。
南から「巨人」が進撃してくると予測したから南側だけ壁を建設したが巨人は東側からやってきたので防げなかったという稚拙なものであるが、裁判所はこの書面にすっかり引きずられてしまっている。もともと3.11津波は防ぐことはできなかったという東電あるいは国が求める結論を導くために作成された書面であるから客観性もないし、津波の侵入経路や各地の水位など図-7の塗り絵では判然としない。またなぜ1号機北側に12.5の防潮堤が設置されるのかも不明である。
なお平成20年試算でも地震発生から48分10秒後のイラストまでしかないが(図2-6)、1号機から4号機の取水ポンプに最大値の津波が到来するのは49分ないし50分である(図2-7(2))。敷地東側からの津波のその後の動きは明らかではない。平成20年試算では4号機と6号機の原子炉建屋及びタービン建屋の中心位置の津波高さと浸水深は試算されているが1号機ないし3号機については4メートル盤の取水ポンプの津波高さと浸水深だけが試算され10メートル盤における原子炉建屋とタービン建屋における津波高さと浸水深は試算されていない。図2-4・2-5を見る限り1号機ないし3号機の原子炉建屋とタービン建屋においても浸水が試算されているようである。この水の流入経路は明らかではない。平成28年試算において1号機北側の敷地に12.5mの防潮堤を設置しているということは東側から10メートル盤に直接遡上する津波も存した可能性もある(取水ポンプ地点では10メートルに届かない試算であっても10メートル盤に到達した時点での高さはわからない)。
そして既に述べてきたとおり、平成20年試算もパラメータスタディを更に詳細に行えば、より高い水位が検出された可能性はある。規制権限が行使され15.7m試算が公となった後に、果たして平成28年試算におけるア・イ・ウだけの対策で福島第一原発が稼働再開・継続できたとは思われない。
平成20年試算・平成28年試算については科学者による客観的・中立的な検証がなされる必要があり、この程度の書証で裁判官が惑わされてはならない。