東電津波試算の怪その7

 東京電力平成20年試算では領域8及び9のいずれにおいても波源を「北」「やや北」「中央」「やや南」「南」の5箇所に移動させている(図1-1・1-2・表2-1・表2-2)。

 そして領域8の「やや北」の「走向プラス5度」となる【R9-06】で最高水位となるとしてこれについて詳細パラスタに入っている。この走向がプラス10度の場合より水位が高くなるのではないかとの点はこれまで述べてきた。ところで位置についても「北」と「やや北」と「中央」というざっくりとした区分では最高水位となる地点を見逃している可能性もある。

 土木学会津波評価技術2002付属編資料編1「波源の平面位置の影響 」(2-82)には「日本海溝沿い海域の例」として、「沿岸での最大水位上昇量の分布には,波源が着目点の正面に位置するほど大きくなる傾向があることや波源が沖合の水深が深い海域に位置するほど大きくなる傾向があることなどの特徴が見られる」とある。福島第一原発の正面に位置する波源が「北」「やや北」「中央」の3地点の間に存する可能性がある。

 そして、土木学会津波評価技術2002付属編資料編1では「想定津波の発生域において基準断層モデルを逐次移動させながら,検討対象地点で最も厳しい結果を与える位置を求めるとある【2-175等】。そして領域3(及び4)について,10区分にわたってスライドをさせている(【2-180】なお走向もプラスマイナス10度で検証している)。

 この領域3(≒JTT1)よりも,東電平成20年試算がスライドさせる領域8(JTT2+3)は領域が長いと思われるが,長さ209.7㎞の断層を北から5箇所だけスライドをすると,最大値を試算した「やや北」よりも「北」と「やや北」の間,あるいは「やや北」と「中央」の間において更に高い試算(東側でも10メートルを超える試算)を算出するポイントがあったかもしれない(福島第一原発にもっとも近い場所に波源をおくべきである)。東電平成20年試算でも「北」と「やや北」との中間地点(あるいは「やや北」と「中央」の中間地点)も試算し,さらに高い水位が試算されないか検証すべきではないかと思われる。「基準断層モデルを『逐次』移動させながら、検討対象地点で最も厳しい結果を与える位置を求め」たとは言えないのではないか。

 東電の平成14年3月「津波の検討-土木学会「原子力発電所の津波評価技術」に関わる検討-」においても,領域7についてであるが,概略パラスタでは波源位置を40㎞で9ケース移動させた後に,詳細パラスタでは10㎞ごとに12ケース移動させている(走向はプラスマイナス10度)。

 東電平成20年試算は数値計算の実施ケース数が少ないのではないかと思われる。南側15.7メートル試算も最大値となるケースであったとは限らないし,東側で10メートルを超えるケースも「位置」「走向」の組み合わせによっては存在するかもしれない。したがって,規制権限が行使されたならば,東電平成20年試算を契機に,さらに詳細なパラメータスタディを行った上で,設計想定津波として選定し,さらに自然現象であるから裕度をもった対策が検討されることとなったはずである。

 最判令和4年6月17日「本件試算は、本件長期評価が今後同様の地震が発生する可能性があるとする明治三陸地震の断層モデルを福島県沖等の日本海溝寄りの領域に設定した上、平成14年津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って、上記断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施し、本件敷地の海に面した東側及び南東側の前面における波の高さが最も高くなる津波を試算したものであり、安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有する試算であったといえる」とする。しかし「走向」は「5度」に留まり、波源位置もJTT1よりも長いJTT2+3を「5か所」スライドさせただけである。土木学会2002が定める「想定津波の発生域において基準断層モデルを逐次移動させなが ら,検討対象地点で最も厳しい結果を与える位置を求める」に従ったと言えるのか、最判がいうように「数値計算を多数実施」したと言えるか、「安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したもの」とまで評価できるのかすこぶる疑問である。東電平成20年試算は予見可能性を基礎づける契機とはなるが、この試算津波を防ぐ対策だけで足りるとするものではない。

 この点、三浦守判事の反対意見では「そして、本件試算における断層モデルのパラメータは、明治三陸地震の断層モデ ルを前提にしているが、それは一つのモデルにとどまり、実際に発生する津波地震における断層の数値がこれらに必ず一致するものでもない。パラメータスタディに よりその不確定性が一定程度緩和されるにしても、評価対象地点の各数値が科学的に正確なものと確認することは、原理的に不可能といってよい。地震及び津波が諸条件によって複雑に変化し、予測が困難な自然現象であって、これらに関する研究や予測の技術も発展過程にあることを考え併せれば、本件長期評価に基づく津波の想定においては、本件試算の各数値を絶対のものとみるべきではなく、これを基本として、相応の数値の幅を持つものと考えるのが相当である」としている。

 パラメータスタディについてもさらに詳細に「多数回」実施するとともに、この結果だけ絶対視せずに、自然現象であることや津波伝播試算技術そのものも発展過程であることを踏まえて「倍半分」とされる対策を安全側に軸足をおいて行うべきであったし、国は規制権限を行使し対策を行わしめることにより事故は防ぐことができたのである。