東電津波試算の怪その9

 原発避難者集団訴訟において、国側の書証として提出されている東京大学大学院工学系研究科の山口彰教授の平成30年1月11日付意見書(2)には以下の記載がある。

 

「(1)O.P.+15.7mの意味とそこにある不確かさ

2008年試算の結果に表れる最大O.P.+15.7mという数値の意味について、そのような津波が来るという蓋然性を含んでいるものと理解するのは誤っています。その数値の意味は、ある手法に基づいて計算上必要なパラメータに、ある数値を入力したところ、ある計算結果が出て、そのうちある地点の最大値がO.P.+15.7mになったという、それだけのことです。つまり、あくまで数値計算の一結果に過ぎないということです。

 言い換えると、数値計算に用いる波源モデルのパラメータや、海底、海岸地形の各数値、また用いる計算手法も様々あり得る中で、ある場合で計算上そうなったということだけであり、そこには、大きな不確かさを持っているのです。例えるならば、100人の専門家に数値計算をさせたら1mから100mの結果が100通り出たという中で、国が15.7mという結果を出した専門家にだけ依拠して規制判断を行うようなものです。大げさに聞こえるかもしれませんが、科学の世界では専門家ごとに見解が異なるということや数値計算にそれくらい大きな不確かさが伴うことがある、というのは常識です。だからこそ、土木学会では設計津波水位の計算手法として標準となるように津波評価技術を策定したのでしょうし、国としても技術支援機関のJNESの協力を得てクロスチェックを行う体制を整え、更にその結果だけで判断せず、専門家意見を踏まえて合理的は規制判断を下すに当たり、一つの数値計算結果だけに依拠することはできません。

 推本が過去には起こっていないけれども福島沖でも津波地震が起こるかもしれないと言ったら、直ちにそれに基づいて上記の計算結果が必然的に出てきて、この計算結果が原子力規制を正当化するのに十分な合理性を持つことになるというのは、科学技術に必然的に伴う不確かさを無視した論理です。長期評価の示した津波地震と実際に起こった地震とでは地震像が大きく異なるにもかかわらず、たまたま今回の津波の浸水高の一部と一計算結果の最大値が似ていたことに基づいてなされた後付けの論理です。

 飽くまで、本件事故前の時点で、長期評価の示した津波地震に関する見解が、単に「否定できない」というレベルのものでなく、具体的な理学的根拠に基づくもので、決定論的評価の前提として取り込むべきものとのコンセンサスが得られていたかどうかが重要なのです。」

 

 東電平成20年試算にのみ依拠した対策のみで許されるのではなく、パラメータスタディには不確かさが伴うのであるから、JNESなどの他機関によるさらに詳細な試算と検証を得て、地元同意も得て不確かさを踏まえた対策が講じられないといけないという意味では十分理解ができる。他方、万が一にも事故を起こしてはならない原発において、長期評価の見解を踏まえ明治三陸沖地震を福島沖に置き、土木学会2002に基づいたパラメータスタディにおいて10メートルを超える津波が試算されていたにも関わらず、何らの対策をしないまま漫然と原発の稼働継続をし続けてもよいという論理ならばそれは許されない。15.7m試算が秘されていたことが問題であり、これが公にされた後、コンセンサスが得られるまでの間は(15.7m試算が公にされなければコンセンサスを得る議論すらはじまらない)、規制権限を行使して一時停止をするか、せめて暫定的な対策(水密化・非常用電源の高地配置・代替電源の確保・敷地高を超える津波発生時の手順書の作成など)をすべきであった。何もしないことは正当化されない。