貞観津波

■東京電力の平成6年3月「福島第一・第二原子力発電所 津波の検討について」には以下の記述がある。

「1.敷地及び敷地周辺の津波記録

 文献(1)-(11)調査結果に基づき、三陸沖~房総沖で発生した地震の内、津波規模が比較的大きかったものとして869年、1611年、1677年11月、1896年及び1933年の津波があり、これらの津波の内、敷地及び敷地周辺に比較的大きな痕跡高を残したと考えられる津波は、三陸沖で発生した1611年の津波と房総沖で発生した1677年の津波である・・・」

「なお、宇佐美(1987)によれば第2表及び第3表に示した地震以外にマグニチュードの大きなものとして869年の地震(M=8.3)があるが、同地震については、文献調査の結果、以下に示すようなことが挙げられる。

 ①地震に関する記録が「日本三大実録」に限られており、津波が多賀城下まで来襲し、溺死者が千人ほどとなったことが記述されているだけである。

 ②阿部壽ら(1990)(16)は、この津波による仙台平野の痕跡高を考古学的所見等により検討した結果、痕跡高は河川から離れた平野部で2.5~3.0m、浸水域は海岸線から3㎞ぐらいの範囲であったと推定しており、1611年及び1933年の津波と比較して、仙台平野における痕跡高は、1933年の1.0~2.4mよりも大きく、1611年の6.0m~8.0mよりも小さかったと考えられることを指摘している。

 ③869年の地震と1611年の地震の震央位置が比較的近い。

 これらのことから、敷地においても869年の津波は1611年の津波を上回らなかったと考えられる。」

 

■原子力発電安全審査課平成22年1月「東京電力株式会社 東通原子力発電所 地震随伴事象に対する考慮 (津波に対する安全性) 」には

「三陸沖を波源とする歴史津波は津波マグニチュードが大きく,三陸海岸に大きな影響を及ぼしたことから,上記の3津波を検討対象とした。なお,震央位置が「1611 年(慶長 16 年)地震津波」とほぼ同じである「869 年(貞観 11 年)地震津波」は,前者よりも痕跡高が小さかった(阿部ら(1990)(3)) ことから対象から外した。」

とある。

 

 東電は、文献調査で対象とならない場合だけ貞観津波を引用している。また平成22年1月段階においても文献として「阿部壽・菅野喜貞・千釜章(1990):仙台平野における貞観11年(869年)三陸津波の痕跡高の推定,地震第2輯,vol.43,pp.513-525」を引用している。しかし平成20年には佐竹健治・七山太・山木茂「石巻・仙台平野における 869 年貞観津波の数値シミュレーション」が発表されているから、これを文献調査として検討すべきである。

 中央防災会議の平成18年1月25日「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する 専門調査会報告」においても留意事項としてではあるが「①869 年貞観三陸沖地震 この地震により仙台平野で 1000 名が溺死したという記録があり、地域におい て防災対策の検討を行うにあたっては、このことに留意する必要がある。」とある(15頁)。そして東北電力はバックチェック報告書において貞観津波についても試算をしているし(東北電力従業員田村氏の供述調書参照)、東北・女川原発のJNESによるクロスチェックでは「5.2 波源モデルの設定」の中で「(c)津波堆積物から推定される想定波源モデル」として「県庁記録や古文書記録が存在しない時代の歴史津波についても、津波堆積物の分析から被害規模や津波波源の推定を行う研究が行われており、869年貞観津波についても解明が進められている。津波堆積物とは、規模の大きな津波が陸上に遡上した際、海底の土砂を陸上に運搬し、地中に堆積した津波の記録である。本クロスチェックでは、宮城県~福島県沿岸の津波堆積物の調査研究によって得られた869年貞観津波の波源モデルを複数用いることで、不確かさを考慮することとする。本クロスチェックでは、図5.7に示すように佐竹ら(2008)、Sugawara et al(2010)が津波堆積物の調査に基づき推定した波源モデルを各2ケース設定する。それぞれ、貞観(佐竹モデル8)、貞観(佐竹モデル10)、貞観(菅原モデルPB1)、貞観菅原モデルMO)と呼ぶ。」として実際に安全審査の実務で用いられている。なお3.11前に取りまとめられていた土木学会平成23年9月の「確率論的津波ハザードの方法」においても貞観津波が「JTS2」として採用されている。

 東京電力も貞観津波試算をしており、これについてパラメータスタディを行えば2~3割水位が更に上昇するとされていた(東電平成23年3月7日資料参照)。規制権限が行使された際には、東北・女川と同様にJNESのクロスチェックにおいて貞観津波モデルによる試算が行われたはずである。貞観津波については波源モデルが確定していないとの指摘は、波源モデルが今後の堆積物調査により更に大きくなる可能性があるというものであり、それを理由に現に原子力安全審査の実務に用いられていた貞観試算を裁判所が等閑視することは許されない。