東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故時運転操作手順書について(その2)

 福島第一原発の事故時運転操作手順書は既に公開されている。

 このうち「Ⅳ 自然災害編」「第22章 自然災害事故(1号機)」の「22-1」に「大規模地震発生」時の手順が記載されている。平成23年3月11日14時46分に地震が発生し,外部電源喪失となったが,津波の襲来はその約51分後であるから,その間は「22-1」「(E)外部電源喪失の場合」の手順書に従った対応がなされていたと考えるのが自然である。なお,2号機以下についても同様の手順書が定められているが,1号機はIC(非常用復水器・イソコン)が2号機以下はRCIC(原子炉隔離時冷却系)が備えられた点で異なる。なお,いずれにもHPCI(高圧注水系)が設置されている。そのため,手順書も微妙に異なっている。


 「5.3電源故障対応フローチャート」によると1号機では「給復水ポンプ全停」の際には「MSIV全閉確認」後に「HPCI起動」とある。そして「SRVIにより炉圧調整」「HPCIにより炉水位調整」とある。他方2号機では「MSIV全閉確認」後に「RCIC又はHPCI起動」とある。そして「SRVIにより炉圧調整」「RCIC又はHPCIにより炉水位調整」とある。1号機では「HPCI起動」が原則的な流れであり,炉水位調整も「HPCI」で行うことが予定されている。他方,2号機では「RCIC又はHPCI」で対応することとなっているようである。1号機に設置されている「IC(非常用復水器・イソコン)」が「HPCI」に代わるものと位置付けられていないし,炉水位調整の役割にも位置付けられていない。 


 (E)外部電源喪失の場合の手順においても違いがある。「7.原子炉水位確保」では1号機では「8,原子炉水位確認,必要なときはHPCI「手動起動」,原子炉水位「維持可能」確認,報告」とある。他方,2号機では「RCIC(又はHPCI)「手動起動」実施,注入量「手動調整」にて,原子炉水位を維持,報告」とある。1号機のICは原子炉水位維持のための設備では無く,あくまで「HPCI」による対応が予定されているのである。


 ICが登場するのは「17 原子炉圧力を4.12MPa以下にするため,SRV又は非常用復水器の使用指示」という段階である(22-1E-11)。2号機では「17 原子炉圧力を4.12MPa以下にするため,SRVによる減圧操作指示」とある。ICは,原子炉圧力を下げるための機器であり,RCICやHPCIのような「冷却システム」としては位置付けられていない。


  なお東電が事故時に参照したとされる「Ⅰ 原子炉編」「第1章 原子炉スクラム事故」「1-1 原子炉スクラム」「(B)主蒸気隔離弁閉の場合」に1号機においては「水位確保が困難な場合は高圧注水系(HPCI)を手動起動する」「(2)MSIV開不可能時」は「HPCIのテスト運転により原子炉蒸気を消費しながら、SRV又は非常用復水器(IC)により、原子炉減圧を行い原子炉冷温停止する」とあるが、2号機においては「「水位確保が困難な場合は原子炉隔離時冷却系(PCICI)を手動起動する」「(2)MSIV開不可能時」は「RCIC、高圧注水系(HPCI)のテスト運転により原子炉蒸気を消費しながら、SRVにより、原子炉減圧を行い原子炉冷温停止する」とある。

 1号機において水位確保はICではなくHPCIで行うことが予定されているのである(ICはSRVと同じく減圧のための装置)。

 東京電力も「非常用復水器(IC:アイソレーションコンデンサー)とは、原子炉の圧力が上昇した場合に、原子炉の蒸気を導いて水に戻し、炉内の圧力を下げるための装置であり、福島第一原子力発電所では、1号機のみに設置されていたものである。」としている。

 【7】 非常用復水器(IC)の対応について [報告書本編 10.1(1)③ 非常用復水器に関する考察]https://www.tepco.co.jp/decommission/information/accident_investigation/pdf/111202_07-j.pdf

 平成23年3月11日14時46分に震度6強の地震が発生した福島第一原発1号機から3号機は緊急停止したが,外部電源も喪失したため,非常用D/Gが自動で起動した。そして主冷却配管を閉じる弁である主蒸気隔離弁が自動で「閉」」となった。2号機では14時50分頃運転員はマニュアルに従ってRCICを起動したとされている。また3号機でも15時05分にRCICを手動起動したとされている。他方1号機では14時52分にICが自動起動したとされているが,HPCIは自動起動も手動起動もしていない。仮に「IC」を「RCIC」と同じく冷却装置と考えるならば「IC」が動いている以上は「HPCI」の起動は不要と考えることも可能かもしれないが,あくまで「IC」は圧力を下げるための装置であり,冷却装置ではないのであるから少なくとも1号機では「HPCI」が起動されるべきであったのではないか。しかも15時03分に1号機のICは停止されているのである。

 結局,津波による全電源喪失により,直流電源が残った3号機を除き,HPCIは機能を喪失し活躍の機会はないままとなった。HPCIは「LOCAなどの重大事故対応における『切り札』的な設備である」などと説明されるが(戦艦大和みたいなものであろうか),手順書を見る限りでは,決して切り札ではなく,水位確保のために原則的な使用が予定されている機器であったように思われる。特に1号機にはHPCIに代替すると位置付けられているRCICが存在していないのであるから,地震発生・外部電源喪失時(さらにはICの手動停止時)からHPCIの活用が考えられるべきではなかったか。津波襲来前の「30分を超える外部電源喪失」の時点でHPCIを活用することもできたと思われる。直流電源が喪失すれば起動のチャンスはなくなるのであるから、津波警報発令時には先に起動をし、その後は事態が解消されるまでは起動を継続すべきであった。配電盤が水没すれば外部電源が復活しても配電ができない(30分では復旧しない)から、敷地高を超える津波浸水Oの可能性が東電平成20年試算で明らかになっていた以上はせめて津波発生時の手順書を改定し、津波警報発令時の直流電源・配電盤の喪失に先んじたHPCIの起動(テストラインの活用を含む)、ICの開継続、PCICの起動を定めれば事故は防げた可能性がある。そして、なぜHPCIが自動起動しなかったのか,自動・手動を問わず起動条件の設定が適切であったのか検討が必要なように思われる。HPCIの起動を妨げる設定・運用がなされていたのであれば問題である。