福島第一原発の事故時運転操作手順書の改訂履歴の抜粋
・H11.4.26 津波発生の場合
・H12.3.22 スクラム後の減圧操作を「速やかに行う。」から「原子炉冷却材温度変化率は55℃/h以下を遵守しつつできる限り大きな値とする。」に変更
・H14.1.31 土木学会「原子力発電所の津波評価技術」刊行に向けた見直し。(1)既存の津波発生の場合の対応手順の見直し及び遠地津波(チリ)発生の場合の対応手順の追加
・H16.5.24 保安規定改定に伴い第16条(地震・火災等発生時の対応)を第17条に変更
・H17.1.27 ECCSポンプ吸込ストレーナ閉塞時、暫定措置(ストレーナ閉塞事象防止又は緩和に有効な暫定措置)として、運転面からの対応をより明確化し、速やかにストレーナ閉塞除去の対応が実施出来るよう新たに「ECCSポンプ吸込ストレーナは閉塞した場合」の対応手順を新規に追加した。
・2008.4.2 新潟県中越沖地震発生に伴う、KK7号機における主排気塔からのよう素等検出に鑑みた、手順書(第1章 原子炉スクラム事故1-1原子炉スクラム(B)主蒸気隔離弁閉の場合)の見直し、(暫定指示反映)
・2010.2.4 大規模地震発生時の対応手順の新規作成。
(1)自然災害編の新規作成(大規模地震等により、長期間の外部電源喪失並びに軽油タンクへの補給不可となった場合のD/G不可の絞り込み手順を含む)
(2)津波発生の手順をタービン編より自然災害編に移行
・2010.5.13 目次に「Ⅳ 自然災害編」を追記
・2010.7.6 1号機第26回定検改造に伴う見直し。
(1)原子炉圧力高スクラム設定値と非常用復水器(IC)動作設定値の変更に伴う保安規定変更による見直し。
a 原子炉圧力高スクラム設定値を「7.27MPa→7.07MPa」に変更。
b 原子炉圧力高スクラム設定値変更に伴い、SRVがサイクリックに開閉している場合の手動制限範囲を「6.37~7.26MPa→6.27MPa~7.06MPa」に変更。
c 非常用復水器(IC)動作設定値を「7.27MPa→7.13MPa」に変更
※ なお「福島第一原子力発電所1号機において地震に起因する冷却材漏えいが事故の原因となった可能性があるという指摘について」(日本原子力研究開発機構安全研究・防災支援部門安全研究センター規 制情報分析室 久木田豊、渡邉憲夫)には以下の記述がある。
・1号機では、地震によるスクラムの後、外部電源喪失に伴う MSIV閉止やPCIS作動によ り、原子炉隔離(主蒸気流量、給水流量ともにゼロ)の状態となった。隔離後、原子炉炉心の崩壊熱により原子炉圧力が上昇し、14 時 52 分、原子炉圧力高(7.13 MPa[gage])によ り IC が 2系列とも自動起動した。これは、直近の定期点検期間中(2010年 7月)に原子炉スクラム高設定値の変更に併せて ICの作動設定圧を逃がし安全弁(safety relief valve:SRV)の作動設定圧よりも低くなるよう変更していたことによる。原子炉圧力高スクラム設定値の変更は、2009年 2月25日に発生したタービンバイパス弁の不具合により原子炉圧力が上昇してSRVが動作した事象において、原子炉圧力高スクラムが生じなかったことを受けたものである。一般にBWRでは、原子炉圧力高スクラム設定値はSRV作動設定値よりも低く、原子炉圧力が上昇する事象では原子炉がスクラムした後にSRVが作動 するよう設定されているが 、1号機では2010年7月の設定値変更前まで、圧力高スクラ ム設定値が 7.27 MPa であったのに対し SRV の作動設定圧は 7.27~7.41MPa、ICの作動設定圧も 7.27MPaであり、これらの動作が同じ圧力で開始されるようになっていた 。こうした設定値の考え方には1号機にICという特有の設備が設けられていたことが関連しているものと考えられるが、2009年の事象後にどのような検討を経て設定値の変更を行ったのか、特に、IC の設定値を変更することによる原子炉の圧力・水位挙動への影響をどのように検討したかについて、IC を有する敦賀-1 号機の設定状況も含めて精査する必要がある。
・また、IC動作設定値の変更について、手順書では数値自体の改訂が行われたのみであり、SRVの動作との関係等について特段の検討が行われた形跡は認められず、操作手順への反映がなされていない。さらに、この設定値の変更が規制上どのように扱われたかも明らかでない。従って、今後の調査分析を通して設定値の変更に関する規制上の取扱について検討を行う必要があると考えられる。
・IC の自動起動から約10分後(15時03分)、運転員は、ICの戻り配管隔離弁(図 5.1(2) のMO-3A、MO-3B)を一旦全閉としICを停止させたが、この操作に関して、東電事故調では、操作手順書で定める原子炉冷却材温度降下率の制限値 55℃/h 以下を遵守できないと 判断したためであるとしている。
・運転員が実際に監視していたのは原子炉圧力の挙動であったと考えられる。東電事故調においては、「BWR では原子炉圧力容器内は飽和状態にあるので原子炉圧力の変化から冷却材温度の変化を確認できる」としている(最終報告書 p.122)。しかしながら、ICの動作に伴い、原子炉圧力容器下部の冷却材温度は飽和温度より急峻に低下している(政府事故調最終報告(資料編)p.5)ので、この考え方の妥当性には疑問がある。55℃/h という制限値は原子炉圧力容器の熱疲労の管理を目的とするものであるため、保安規定等において、個別のプラント設計及び対象とする事象の内容に応じて、この制限値を適用する条件と、監視・記録すべき温度測定点を定めるべきである。なお、BWR では冷却材温度計は設置されておらず、原子炉圧力容器の外表面温度が監視対象である。
・15時10分、運転員は、格納容器冷却系(containment cooling system: CCS)を手動起動しトーラス水冷却モードで S/C の空間部と圧力抑制プール水の冷却を行っている。東電は、この操作について、手順書に従い SRV の使用による圧力抑制プール水の温度上昇に備えて行われたものとしている 。しかし、IC を積極的に使用すれば、圧力抑制プール水の温度上昇までには相当の時間余裕があり、上記の操作の優先度は高くない。従って、運転員に IC の操作経験がなく、冷温停止への移行において IC と SRV をどのように使用するのか手順書には具体的な記載がないことなどが、上記の操作に影響していたことが疑われる。
・15時17分以後、運転員は、IC 1 系列(IC-A)のみを手動で 3 回起動・停止しているが、 東電事故調では、「この操作は手順書に従って原子炉圧力を 6~7 MPa の範囲に維持しよう としたものである」としている。この結果、記録が残っているスクラム後約30分間において、原子炉圧力はSRVの作動設定圧以下に維持され、SRV が作動することはなかった。 ただし、今回のように大地震により原子炉がスクラムしさらに外部電源も喪失した状況において、原子炉圧力を高圧に維持することが適切であるかは疑問である。
・原子炉圧力を 6-7 MPa に維持する操作に関する検討:津波到達までの間、最終的な冷温停止に向けて原子炉冷却材温度変化率55℃/h 以下という運転上の制限を遵守しながら徐々に原子炉圧力を低下させていこうとしたことについて、東電事故調はもとより、 政府事故調、保安院報告書ともに、この対応に問題はなかった旨の見解を示している。しかしながら、今回の事故のように地震により原子炉がスクラムし外部電源が喪失するといった事態においては、IC を用いて原子炉圧力を 6-7 MPa 程度に制御するのでは なく、地震による原子炉施設への影響を調べることを重視し、速やかに冷態停止に移行する手順を取るべきであったものと考える。従って、規制委員会は、可能であれば 海外における対応操作手順の調査を行い、国内の事業者と当該手順対応の妥当性に関 して十分な議論を行うべきである。
・ IC の運転訓練の実態に関する検討:1号機において少なくとも 20 年間にわたって IC の実作動はなく、また、敦賀1号機のようなシミュレータ訓練が行われた形跡もない。ICは、安全設備には属していないものの、手順書においてはプラントの過渡時にその作動を期待していることから、福島第一原子力発電所においてこれまでにどのような訓練が行われてきたか、IC 作動設定値変更を訓練においてどのように取り入れたか、 また、訓練に用いた手順書がどんなものであったか等に関して調査分析を行う必要がある。さらに、過渡変化時にその機能を期待する系統について使用経験もなく十分な教育訓練も行われることなく原子炉の運転が行われていたこと(即ち、長年にわたっ てセーフティカルチャが欠如していたこと)に注目し、他プラントにおいてこうした 状況がないことを確認すべきである。