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 最高裁令和4年6月17日判決は「本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるものとして設計される防潮堤等は、本件敷地の南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く、一定の裕度を有するように設計されるであろうことを考慮しても、本件津波の到来に伴って大量の海水 が本件敷地に浸入することを防ぐことができるものにはならなかった可能性が高いといわざるを得ない」「仮に、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電気事業法 40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付け、東京電力がその義務を履行していた としても、本件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することは避けら  れなかった可能性が高く、その大量の海水が主要建屋の中に浸入し、本件非常用電源設備が浸水によりその機能を失うなどして本件各原子炉施設が電源喪失の事態に陥り、本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあるといわざるを得ない」とする。

 本当にそうか。敷地に海水が浸入することと、電源設備が「全て」機能喪失することは違う。一部のM/CやD/G等が機能維持すれば事故は防げたのではないか。「本件敷地の南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く、一定の裕度を有するように設計されるであろう」防潮堤等は確かに東側からの津波の襲来は防げなかったであろうが南側・南東側を中心に津波の流入を防ぐにはそれなりの効果はなおあったはずである。そもそも最高裁は規制権限行使の際にどのような防潮堤等が設置されたのか示していない。

 3.11の津波の襲来で電源設備が喪なったとされるが、緻密に見ると2号機1階のP/C、3号機地下中1階の直流電源、4号機共用プール建屋1階のD/Gは機能を喪っていない。

 政府事故調査報告書「電源復旧作業」158頁以下には以下の記述がある。

・ところで、外部から福島第一原発に供給される高圧交流電源は、27 万 5,000V 又は 6 万 6,000Vであり、これを各プラントに設置された動力用電源盤で 3 段階に変圧し、各電気系統に適した電圧で、電気回線を通じて発電所構内に交流電源を供給していた。具体的には、まず、動力用電源盤には、所内高電圧回路(6,900V用)に使用される動力用電源盤である金属閉鎖配電盤(M/C)、所内低電圧回路(480V 用)に使用される動力用電源盤(P/C)、小容量の所内低電圧回路(100V用)に使用 される動力電源盤(MCC)の三つがあった。そして、所内設置の電気系統は大型のものから小型のものまで、必要とする電圧が 6,900V、480V、100V の 3 段階に分かれ、発電所外部から送られた電気を順次変圧し、それぞれ適した電圧の回 線と接続して必要な電力を供給していた。そのため、仮に外部電源を復旧したと しても、これらの動力用電源盤が使用できない限り、外部から電力を所内の各電気系統に送ることはできなかった。

・④ 3月11日16時39分頃、発電所対策本部復旧班は、地震・津波の影響による外部電源及び発電所内の交流・直流電源設備に係る被害確認を開始した。このうち、1号機及び2号機のT/B地下1階(一部は T/B 外)にある電源盤である M/C や P/C については、その浸水状況や外観の損傷状態等を目視で点検できた。そして、同日20時56分頃までに、1号機については、M/C及びP/Cの全てが使用できないことが判明し、また、2号機については、M/Cの全てが使用できず、P/C の一部が使用可能であることが判明した。さらに、発電所対策本部は、 3/4 号中央制御室の当直からの報告で、3号機のT/B地下一階にある M/C や P/C が浸水して使用不能であるとの報告を受けていた。 そこで、発電所対策本部復旧班は、使用可能な P/C の動力変圧器及び電源車 を用いて復旧が可能な電気系統を調べた。その結果、1号機については、2号機 P/C のC系統(以下「2C」という。)から 1号機 MCC の 1 次側に仮設ケーブルを接続して 480V 電流を通せば SLC 系を利用できることが分かった。また、2 号機については、2C の一次側に高圧電源車を接続すれば、P/Cで480Vに変圧し、SLC系及び制御棒駆動水圧系(CRD 系)を利用できることが分かった。これら SLC系やCRD 系は、FP系の水源がろ過水タンクであるのに対し、いずれも、水量こそ多くはないが、建屋内に水槽があるため、地震・津波の影響も 比較的小さく、原子炉圧力が高くても注水可能であるという利点があった。ただし、この頃福島第一原発に調達された電源車は、いわゆる高圧電源車であ り、6,900V の電圧であったため、P/C に直接接続することはできなかった。そこで、発電所対策本部復旧班は、使用可能な P/C(2C)の動力変圧器の一次側、すなわち、6,900V の電圧電流が流れる回線部分に高圧電源車から仮設ケーブルを接続し、SLC系ポンプ等の機器の動作に必要な電圧 480V を確保する作業が 必要となった。

・⑤ 電源復旧は、1号機から 3号機まで全てに必要であった。 しかし、3 月 11 日夕方から同日夜にかけての頃、3号機については RCIC の作 動が確認できたのに対し、1号機及び 2号機については、IC 又は RCIC の作動が 確認できなかった。そのため、発電所対策本部復旧班は、電源車と2C をケーブルで接続するなどして、1号機及び2号機の電源復旧を優先的に実施することに した。

・発電所対策本部復旧班は、2C までの距離やケーブル敷設等の作業性を考慮し、 2 号機 T/B 南側に電源車を配置し、2 号機 T/B 外を西方向に高圧ケーブルを敷設 して、2 号機 T/B 西側貫通部から 2 号機 T/B 内に高圧ケーブルを通し、2 号機 T/B 内 1 階西側廊下から 1 階北側にある電源盤の 2C まで高圧ケーブルを敷設して、ケーブルの両端を、それぞれ電源車と 2C に接続して 2 号機の電源復旧を行うこ とにした。また、この 2C から、1 号機コントロール建屋(C/B)地下 1 階北東側 にある電源盤の MCC1 次側まで低圧ケーブルを敷設、接続して 1 号機の電源復 旧を行うことにした(図Ⅳ-6 参照)。 前記高圧ケーブルは、4 号機定期検査工事用に協力企業が 4 号機付近に保管し ていた直径約十数 mm のもので、敷設用に長さ約 200m 程度に切り取ったが、そ の重量は 1t 以上のものとなった。 同月 12 日未明以降、発電所対策本部復旧班は、前記高圧ケーブルを 4t ユニック車で 2 号機 T/B 大物搬入口付近まで運搬した上、東京電力社員及び協力企業社 員約 40 名を動員して、人力で 2 号機 T/B 内 1 階に高圧ケーブルを移動させて敷 設する作業を行った。さらに、依然として大津波警報発令が継続し、たびたび余 震が発生しては退避を繰り返し、作業中断を余儀なくされた。また、作業現場と発電所対策本部との間での通信手段は、PHS が使えなかったので無線機しかな く、現場作業員が発電所対策本部と報告・連絡をする際には無線機を傍受できる 場所まで移動を強いられるなど、発電所対策本部との連絡にも時間を要した。結局、かかる高圧ケーブルの敷設だけで数時間を要した。 また、2C への接続に必要なケーブルの端末処理は、3 線ある高圧ケーブルの端 をそれぞれ金属板に固定する特殊な作業であり、数名の技術者が数時間かけて実 施した。 さらに、これらの作業と並行して、東京電力社員及び協力企業社員約 10 数名 が、2 号機 T/B 内 1 階北側にある電源盤の 2C から、1号機 C/B 地下 1 階北東側 にある電源盤の MCC1 次側まで低圧ケーブルを移動・敷設し、発電所対策本部復 旧班が、低圧ケーブルと電源盤の MCC1 次側を接続するために端末処理する作業 を実施した。 ところで、同月 11 日夜から同月12 日朝にかけて、順次、自衛隊や東北電力等 から電源車が届いていたが、東京電力内で調達した電源車がケーブル敷設作業中 に福島第一原発に到着したため、結局、東京電力の電源車を使用することとし、 この電源車を 2 号機 T/B 南側に配置し、T/B 西側貫通部を通した高圧ケーブルと 電源車を接続した。

・⑥ 3 月 12 日 15 時 30 分頃、2C の一次側へのケーブルつなぎ込みや高圧電源車へ の接続等が完了し、高圧電源車を起動させ、絶縁抵抗測定を開始していた。 他方、発電所対策本部復旧班は、1 号機計測用電源を復旧するため、2 号機T/B 大物搬入口内側に低圧電源車を配置し、1 号機の C/B1階のケーブルボルト室ま で電工ドラム数台を接続してケーブルを敷設し、必要な端末処理を行い、同日 7 時 20 分頃、1 号機の計測用分電盤に接続して送電を開始していた。 しかし、同日 15 時 36 分頃、1 号機 R/Bで爆発が発生し、爆発による飛散物に より、2 号機 T/B 南側から電源車に接続するために敷設していたケーブルが損傷 した。 そして、1号機 R/B が再爆発する危険もあったため、現場作業に従事していた者は全員、一旦作業を中断し、免震重要棟へ退避した。その際、運転操作者が高圧電源車から離れざるを得ないため、作動していた高圧電源車を手動で停止した。 また、低圧電源車は 2 号機T/B大物搬入口内側に配置していたため、爆発による被害はなかった。


 仮に最高裁令和4年6月17日判決がいう南側のみ防潮堤が設置された場合には4号機(さらには3号機)や共用建屋プールの電源設備の被害は軽減された可能性がある。少なくともこの点についての検証は最高裁やこれまでの下級審裁判所ではなされていない。10メートル盤を超える浸水があったからといって全ての電源設備が機能を喪うわけではない。

 南側だけ防潮堤でも4号機や共用プール建屋(あるいは3号機)の電源設備が生き残り、それを活用して3.11当日には上記の現実の電源復旧作業よりも円滑に復旧が実現でき3.12の1号機の水素爆発を防げた可能性がある。そして3.12の1号機の爆発がなければ、その間に進んでいた電源復旧作業が更に進み、RCICやHPCIで持ちこたえていた2号機・3号機の爆発は防げた可能性があるのではないか。少なくとも南側のみ防潮堤があった場合の1号機ないし4号機建屋及び共用プール建屋内部における各個別の電源設備に損傷が生じたかの検討を行うべきである。

 3.11よりも機能を維持した電気設備が(特に4号機周辺や共用プール建屋では)多いはずだからである。完璧な防潮堤や完璧な水密化までなされなかったとしても、3.11よりは被害はましなはずであった(現場の津波による散乱状況も4号機・共用建屋プールを中心に異なったであろう)。

 加えて4メートル盤の海水ポンプを守るための防潮堤・防波堤の設置も不可避であり(この点を最高裁判決などは触れようとしない)、10メートル盤に対しても何らかの低減効果はあったはずである。さらに1階の防護扉を津波警報時に閉めておけば1号機「1階」にある電気設備は守られた(3.11において1階の電気設備が機能喪失したのは1号機だけである)。津波警報時の手順書(敷地高を超える津波が襲来することを前提とする)を整備しておくだけで事故は防ぐことはできた(人命尊重の観点からも津波警報発令時には10メートル盤にいる作業員等も避難の対象となるはずである)。関西電力は奥尻津波を踏まえて津波注意報発令時には扉等を閉めるようにしていたのである。それくらいはすべきである。テロ対策の観点からも防護扉は閉じなければならない(シャッターは閉めていたようである)。最高裁令和4年6月17日判決もあくまで南東側に「主眼」をおく対策となったとしているだけで、一定の裕度のある対策となることは認めている。

 

 なお、さらに地震発生+原子炉スクラム+外部電源喪失+津波警報発令時には、高温継続運転で再稼働を目指すのではなく、55℃/hの運転制限も適用をせず、HPCIの積極活用により冷温停止を愚直に目指せば地震発生後から津波襲来までの間に崩壊熱は更に低減でき、また津波襲来後も既に起動しているHPCI・RCIC・ICはその後は電源無しで蒸気で運転が継続されたのであるから、事故はより防げたことになる。

 完璧な防潮堤・完璧な水密化ができたことの立証を住民側・被災者側に押し付けるような裁判構造自体に問題がある。何かほんの少しの対策をするだけで3.11よりも事故進展は軽減されるからである。

 最高裁のいう「本件敷地の南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く、一定の裕度を有するように設計されるであろう」防潮堤等によっても事故は防げたこととの仮説についての反証はなされてない。