日本原子力学会和文論文誌(2013)「福島第一原子力発電所事故に関する 5つの事故調査報告書のレビューと技術的課題の分析 事故の進展と原因に焦点を当てて」渡邉憲夫他には以下の記述がある。
(c)操作手順
政府事故調においては,「津波到達までの間,最終的な冷温停止に向け,原子炉冷却材温度変化率 55°C/h 以下という運転上の制限を遵守しながら徐々に原子炉圧力を低下 させていこうと考えたとしても不自然ではない」という見解を示している。当然のことながら,東電事故調において も,「弁の開閉操作によって原子炉圧力を制御するなど(中略)冷温停止に向けた対応操作を行っていた」として特に問題はなかったことを主張している。さらに,保安院報告書においても,ICの自動起動により原子炉圧力が手順書の規定値よりもかなり低くなったが,その後のICによる圧力調整については敦賀1号機との実績と比較を通して 弁の継続的な開閉で実施したと考えるむね記載していることから,明言はしていないものの手順上の問題はなかったとの見解と思われる。
しかしながら,ICの運転に当たっては,原子炉圧力を 6~7 MPaに維持するよう規定しており,これは,MSIVの再開ができるまでの,いわば「場つなぎ」としての役割であると考えられる。しかし,今回の事故では,未曾有の大地震が発生し原子炉が自動スクラム し,さらに外部電源も喪失するといったた事態になった上,大きな余震がくる可能性も十分あると考え,ICによる原子炉圧力の維持を試みるのではなくできるだけ早く原子炉を冷温停止に移行することを考えるべきであったと判断で きる。事実,1号機の「事故時運転操作手順書(事象ベース)原子炉スクラム事故(B)主蒸気隔離弁閉の場合」(MSIV閉原子炉スクラム時手順書)でも,ICの自動起動は想定されておらず,SRVやHPCIテストライン運転 (注水不要),ICの手動操作による原子炉減圧を行うよう規定されている。そもそも,ICは,原子炉を高温停止状態に維持することを意図した系統であり,IC 本来の目的を十分に理解していれば,今回のような地震による原子炉スクラム時に IC を用いて冷温停止に移行すると考えるのはむしろ不自然である。また,東電事故調では,これまで机上での訓練や弁の開閉操作しか行っていないことを認 めておきながら,「訓練と同じように冷温停止向けた操作を行っていた」と主張しているが,この主張にも首肯できない。
政府事故調と国会事故調が指摘しているように,「IC の使用経験もなくシミュレータによる訓練も行われていなかった」という事実は極めて重要なポイントであり, 過渡変化時にその機能を期待する系統について使用経験もなく十分な教育訓練も行われることなく原子炉の運転が行 われていたこと(すなわち,長年に渡ってセーフティカル チャが欠如していたこと)に注目し,他プラントにおいてこうした状況がないことを確認すべきである。なお,保安 院報告書では,敦賀1号機において IC の自動起動前に手動起動操作が行われていることに言及しているものの,その違いに関するさらなる検討はなされていない。 こうした IC の操作を含めて,地震直後の操作に適用した MSIV 閉原子炉スクラム時手順書の適切性に注目すべ きであるが,これについては,いずれの事故調においても議論がなされていないため,4章において,問題点等の整理分析を行うこととする。
また,一時的な水位表示の値をもとに ICが作動していると思い込んだことに関して,政府事故調と国会事故調は,3月11日17時50分ごろの1号機原子炉建屋での高線量検出に対する評価が不適切であったことを指摘しているが,これらの指摘のとおり,高線量が検出されたことから炉心の損傷を疑うべきであり,IC が作動していないと考えるのが自然である。
<中略>
また,他の手順についても,その考え方を整理し,他プラ ントとの比較を通して検討することが必要であると考える。なお,「大規模地震が発生した場合(自動スクラムした 場合)」および「外部電源喪失の場合」なる手順書が用意されているとのことであるが,これらの手順は公開さ れておらず,また,これら2つの手順書については一切言及されていないことから,使用されていないものと推定される。
今回の事故においては,地震により外部電源が喪失しており,MSIV 閉原子炉スクラムとは対応操作が異なるものと考えられるため,MSIV 閉原子炉スクラム時手順書を適用したことの適切性や,「大規模地震が発生した場合(自動スクラムした場合)」や「外部電源喪失の場合」の手順書を適用したか否かを明らかにするとともに,適用しなかった場合にはその理由についての調査,分析を行うこ とが必要である。
なお,MSIV閉原子炉スクラム時手順書では,「MSIV全閉確認」後に「SRV作動確認,報告」という手順とな っており,SRVが作動することを前提としている。しかし,実際の原子炉圧力挙動も JNES が行った RELAP5 コード(最適評価(BE)コード)による解析でも,MSIV閉止後に原子炉圧力が SRVの開設定値に達する前に IC の自動起動に至っており,手順書で想定する挙動とは異なっている。一方,原子炉設置変更許可申請書の安全解析結果 (保守的評価コード(EM コード)による解析)によれば, MSIV閉止後に,原子炉圧力が上昇してSRVが作動し原子炉圧力は 78.6 kg/cm2(7.7 MPa)に抑えられ,その後の原子炉圧力はSRVにより制御されるとなっていることから,MSIV閉原子炉スクラム時手順書は,EMコードによる解析結果をもとに策定されたものと考えられる。そもそも,EM コードによる安全解析は,過渡変化や事故時における施設の安全性を確認することを目的としたものであ り,保守的なモデルと仮定を用いているため,実際の挙動を必ずしも模擬している訳ではない。したがって,手順書策定に当たっては,より現実的な評価が行える BE コード を用いた解析の結果を参考とすべきである。上述したような手順書での想定と実際の挙動の間の乖離が他の事象につ いてもあるか否かの検討が必要であると考えられる(他プラントにおいても検討の必要がある)。
以上述べたように,敦賀1号機での事象時と同様,IC2系統の自動起動を待つのではなく,1系統を手動で起動させるべきであったものと考える。なお,敦賀1号機にお ける IC手動起動は原子炉圧力 70kg/cm2(6.8 MPa)で行 うこととなっており,自動起動の設定圧 73.8 kg/cm2(7.2 MPa)より低い。また,1号機のMSIV閉原子炉スクラ ム時手順書では,IC を優先的に使用するようにはなっておらず,ここに,敦賀 1号機との当該設備への考え方 の相違が認められるため,こうした考え方を異にする理由についての精査も必要である。さらに,IC のような静的な設備については,現場巡視や OJT,弁の開閉試験だけの定期試験で,当該設備作動時の原子炉の状態変化を把握することは極めて困難であり,敦賀1号機のようにシミ ュレータを用いた訓練を行い手順書に反映させることが基本的な考え方であると考える。なお,1号機では,過去に,MSIV 閉を伴う原子炉自動スクラム事象が少なくとも 3 回発生し(1983年,1985年,1985年)),ICを使用する機会はあったと考えられるが,これらの事象発生時に IC が使用されていないようである(事象に関する記載が少なく 断言することはできないが,国会事故調によれば,昭和46年の運転開始以来,IC の作動は今回が初めてとされているむね記載されている)。