エネ百科「事故調査報告書と考える福島第一原子力発電所事故の実態 (奈良林直氏)」には以下の記載がある。
(引用はじめ)
・民間、東電、国会、政府と4つの事故調の報告書が公開されましたが、もう一つしっかりした報告書があって、それは私も参加した保安院の意見聴取会、技術的知見の委員会の報告書で、これが一番しっかりしていると私は思います。さらにそれは英訳されて海外にも配られていますので、実はもう一つ報告書があったということです。
(中略)
・では、どうして1号機が減圧したか。津波がくるまではアイソレーション・コンデンサー(IC)が作動していて、原子炉の圧力が最初7メガパスカルから4メガパスカルまで15分くらいでグーッと下がっています。そのときの冷却の程度を温度で表すと、1時間当たり150℃くらいの非常に速い冷却モードになっていました。
・我々原子力発電所を設計する人間のセンスからすると、1時間当たり55℃で冷却することを想定して、各部位に過大な熱応力が生じないような設計、あるいは確認をしています。
・今、1号機を見ますと、きちんと非常用炉心冷却装置(ECCS)も立ち上がって冷却されています。それからICも起動しました。こうなると、1時間当たり55℃で速く冷えてしまうのは、どこかに過大な熱力を生じる可能性があるのです。
・運転員は55℃と徹底的に教え込まれていますから、ICで冷え過ぎたということで、ICの作動をコントロールして、バルブを閉めてしまいました。さらにその後、7メガパスカル付近になるようにオンオフをして、圧力をコントロールしています。
・ですから、しっかり残っている圧力の記録を見ると、1回7メガパスカルから4メガパスカルまで下がった後、もう1回7メガパスカルに上がって、その後ICを作動して停止したということで、ノコギリの歯のような圧力挙動を示しています。ですから、運転員は自分が冷やし過ぎてしまったことによって、もし圧力容器を将来交換するようなことになるといけないと思ったので、そういう操作をしていました。
・ただ、そのときに誰かが大津波が起きることを予見できていれば、その時点で「全力で冷却モードに入りなさい」という指示を出せたのです。「これだけ強い地震がきたから、津波がくる。速く冷やすためにICが持っている能力を目いっぱい使って冷やしなさい」という指示を仮に出せたとしたら、1号機はずっと冷却できました。ただ、残念ながらあれだけ強い地震の後、15メートル近い津波がくると誰も予見できてなかった。
・ですから、私は運転員を責めるわけにはいかなくて、運転員の人はきちんと自分が教えられた55℃を守るための運転モードに入っていたと思います。
・ただ、結果からして残念なのは、ICの作動をオンオフしていた。そして、津波がきたときにタイミング的にICのバルブを閉じてしまい、そのタイミングで津波がきてしまった。それからはたぶん大混乱になったと思います。中央制御室の電気も切れて、真っ暗になってしまった。何が何だかわからない。制御盤も全然見えない。みんな真っ暗になってしまっていますから、バルブが開いているのか締まっているのかわからない。そういう状態に置かれてしまったのです。
・残念なのは、ICが閉まっていたことに気がついたのは18時くらいです。操作をしてICをもう1回起動するバルブを開けたのです。最初は蒸気が出るのですが、この時点ではすでに原子炉の炉心が損傷して水素が出てしまっていますので、ICに水素がきて、作動が停止してしまうのです。凝縮すると水素が濃くなって、蒸気が吸えなくなってしまう。これも仕方がない。ですから、その時点でもう炉心が損傷していた。
・18時になるまで気づかなかったことが、結果論からすると、ものすごく残念なことです。マスコミの報道で吉田所長が「気がつかなかったのはうかつだった」と発言されていますが、今後の教訓とすべきだと思います。「強い地震がきたときには津波も想定して、いろいろ持っている冷却機をフルに活用しなさい」ということがこれからの運転手順書には必要です。あるいはいろいろな自然災害があったときは冷却モードに取り組まなければいけないと思います。これが1号機で非常に残念だったことです。
【コメント】
・ECCSは作動していないのではないか(減圧のためにテスト運転でHPCIを手動起動してはいるがその後停止させている)。
・原子炉を守るために55℃毎時の運転制限が叩き込まれているとある。
・圧力維持のための開閉操作(高温待機?)を肯定的に捉えている。
・ICが閉となっていることに気が付かなかったことは「残念」とされている。もっとも過去にICの運転実績がなく、平成22年にIC優先起動に切り替えられたこと、しかし運転訓練などはなされていなかったことについての言及はない。
・今後の教訓としては強い地震が発生した際は津波が来ることも想定して「いろいろ持っている冷却機をフルに活用しなさいということがこれからの運転手順書には必要」、「いろいろな自然災害があったときは冷却モードに取り組まなければいけない」とされている。もっとも当時の操作手順書でも大規模地震発生・外部電源喪失の手順書はあり、保安規定においても運転制限の適用は無いことが定められていたこと、大規模地震発生後は様々な設備の故障や火災などの二次災害も想定されることから冷温停止が目指す前提とも読めることについての言及はない。
・大規模地震発生+外部電源喪失+原子炉スクラム停止+MISV閉は想定内事象であり、また大規模地震発生後の余震や火災などの二次災害の発生も容易に想定されることである。大津波警報も発令されている。この場合においても「冷却モード」に取り組むのではなく、原子炉を守るために55℃毎時の運転制限と6~7Mpaの圧力維持・高温待機としたことの是非が問われなければならない。
・そもそもICだけで大規模地震発生+外部電源喪失+原子炉スクラム停止+MISV閉の状況下で冷温停止を実現できるのか、平成22年の設定変更前のSRVによる減圧とHPCIによる水位回復で対応するのが本来であったのではないか。平成22年6月17日の2号機の原子炉停止事象において、RCICの手動起動による対応がなされたがその対応が適切であったのか、同様の事案が1号機で起こった場合に水平展開をした場合にどうなったのか。津波が襲来しなくとも原子炉水位が維持できなかったのではないか解析がなされるべきであろう。
・「誰かが大津波が起きることを予見できていれば「全力で冷却モードに入りなさい」「これだけ強い地震がきたから、津波がくる。早く冷やすためにICが持っている能力を目いっぱい使って冷やしなさい」という指示を仮に出せたとしたら、1号機はずっと冷却できました。ただ残念ながらあれだけ強い地震の後、15メートル近い津波がくると誰も予見できてなかった」とあるが、大津波警報は発令されていたし、長期評価試算・房総沖試算・貞観試算もあった。津波でなくとも大規模地震発生後の二次被害(火災や余震)や地震による機器の損傷の影響などを踏まえると「全力で冷却モードに入りなさい」「目いっぱい使って冷やしなさい」と指示すべきだったのではないか。国は保安規定や操作手順書において予めそのような態勢となっているか確認すべきであったし、現地には原子力検査保安官・原子力災害保安官もいたのであるから地震発生後の東電の運転について指示をすることもできたのではないか。