松岡猛教授の「福島第一原子力発電所事故のPSAの観点からの検討(再検討)」には以下の記述がある。
なお、この論文は電子情報通信学会の2018年4月24日の講演論文のようである。
(引用はじめ)
・2,3 号機には非常用復水器系ではなく RCIC が備えられており、RCIC を手動で起動した.ただし、起動までにはやや時間遅れがあり、 それぞれ16分後、20分後であった。
・HPCI は本来大流量での原子炉注水を目的としており、長期間の冷却維持にはテストラインを使用して注水量の大部分を戻すという流量調節の微妙な操作が要求される。今回のRCICの代替としての長期冷却には不向きなシステムであったと言える。
・2.2.4 1号機HPCIとICの優先順位
1号機には炉心冷却手段としてIC(非常用復水器系)と HPCI(高圧炉心注水系)が備えられていた。ICは2基備えられていたが、タンクの容量からそれぞれ8時間の冷却能力しかない。従って長期の冷却のためにはICを先に起動すると途中でHPCIの起動が必要となる。1号機では本来HPCIが事故時に優先して起動するようになっていたが、稼働を続ける中でICの起動設定圧力を変更し、HPCIに優先して起動するようになっていた。そのため実際の事故時にはICが自動的に起動した。
・評価の結果,福島第一原子力発電所が外部電源喪失及び波高 15mの津波の来襲で全電源喪失の状態になった場合に72時間後(3 日後)における炉心損傷確率は1、2、3号機で 0.73,0.25,0.13 と得られた。さらに消火ポンプによる炉心冷却を考慮した場合,168 時間後(7日後)における炉心損傷確率はそれぞれ 0.9998,0.963,0.957 となった。
・7. 考察
IC の運転継続時間から考えて本事故時に1号機でICを使用したのは間違いといえる。HPCI を選択していれば1号機の炉心損傷確率は 2,3号機と同等となっていた。1号機が5時間以内に炉心溶融に至ったのはたまたまではなく IC を起動させたためほぼ必然であった。2,3 号機の炉心溶融はほぼ3日後に発生しているが、この事は本解析結果と附合している。消火ポンプによる外部水源の炉心への注水は、漏洩経路が多数存在するため殆ど期待できないことが判明した。本解析では 7 日後にはすべての号機で炉心溶融に至っている。現実に 1,2,3号機で炉心溶融が発生してしまった状況を示していると考えられる。 もし、1号機の炉心冷却をHPCIで行っていれば、3日間は炉心溶融も水素爆発も発生しなかったはずである。それ故、2日目には 2号機での電源供給が完了し、いずれの号機においても炉心溶融は防げたはずである。福島第一原発の事故の様相は大幅に異なっていたであろう。
(引用終わり)。
福島第一・1号機では、平成22年にICの設定値変更が行われ、SR弁よりも優先起動する設定となった。もっともICの運転経験は未熟なままであった。このICの設定変更がなければ3.11ではSR弁による減圧とHPCIによる水位回復による冷却が行われていたはずである。そうすると1号機が3月12日に水素爆発することはなく、その間に進んでいた電源復旧作業により事故は回避できた蓋然性が高い。平成22年のICの設定変更時に安全審査がなされた形跡が見いだせていない。ICの設定変更を認めた保安規定の変更認可に違法があるのではないか、また設定変更の際には設置変更許可申請あるいは工事の事前の届出、使用前検査などの手続が必要であったのではないか。平成22年のIC設定値変更については事故原因の解明と国の責任を検証するためにもより探求される必要がある。
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