原発賠償集団訴訟において国は平成28年12月21日付青木一哉氏(平成23年3月11日当時原子力安全・保安院統括安全審査官・意見書作成時原子力規制庁原子力規制部安全規制管理官 (廃棄物・貯蔵・輸送担当))の意見書を証拠提出している。立証の主眼は、訴訟初期の頃に国が展開した、規制権限を行使しても結果回避措置は平成23年3月11日までに間に合わなかった、という点にあり、また防潮堤の設置等の対策は基本設計に関わるものであり電気事業法の技術基準適合命令による規制権限の対象外である(設置変更許可申請が必要となる)という主張にも目配せをしていたものと思われる。
この意見書の一部を取り上げると要旨以下のとおりである。
■ 安全審査内規について
保安院では,炉規法の規定に従い,事業者から行われる原子力発電所の新設,増設, 主要な改造などに関する原子炉設置(変更) 許可申請の内容を審査し, 原子力安全委員会の答申を受けた上で, 申請の許可/不許可を決めていた。
■保安院による安全審査のおおまかな流れ
保安院は,必要に応じて事業者からプレヒアリング (申請前に申請書記載事項等について事務的な審査を行うこと)を実施した上で, その申請を受理し, その後、職員による書面審査や申請者からのヒアリング, 審査に必要な情報収集などを行うほか、必要に応じ、有識者の意見聴取やJNESのクロスチェックを行うなどして, 申請に係る原子炉の安全性の評価をしていた(資料2:内規 「安全審査の進め方」 )
原子炉設置(変更) 許可申請やその付随事務などに関する手続や考え方に関しては,従来,体系的な整備がされていなかったが,審査をする側では,安全審査の事務手続や審査を行う際の考え方などについて必要な内規を定め、必要に応じてこの内規を事業者に通知することにより,審査の円滑を図っていた(資料3:内規 「はじめに」)。
保安院では,平成18年4月,この内規を「原子炉設置(変更)許可申請に係る安全審査内規」 として取りまとめ、 保安院文書に位置づけるとともに,透明性,中立性, 公正性の観点から、 事業者の申請等に係るものを事業者に通知した(資料3:内規表紙・「はじめに」。
■東電が10メートル盤の浸水を伴う津波を想定した津波対策とし防潮堤の設置・建屋や重要機器の水密化・非常用電源設備 (発電機や蓄電池等) の高台設置 (増設を含む。)を講じるとした場合, 設置変更許可申請を要したと考えらる。
そして、保安院としては、安全審査を行う中で、 東電が新たに知見として設計に取り入れるという2008年東電試算及びこれの前提となる想定津波の決め方の妥当性,さらには,東電が掲げる対策の技術的な妥当性などの多くの論点について、東電のヒアリングや国内外の文献調査, 専門家の意見聴取会, JNESのクロスチェックなどを通じて検討して審査した上,原子力安全委員会に諮問し,その答申を得て,問題がなければ東電に設置変更許可を出した。
■東電が津波対策として上で述べた措置を講じるか否かを検討する過程で、申請に先立って保安院に相談を持ちかけた可能性もある。その場合,保安院で東電から必要な情報を聞き取るなどし,2008年東電試算の示すリスクの蓋然性や切迫性の程度, 長期評価の考え方, 津波対策の技術的な妥当性の当否などについて, 専門家の意見を聴取し始めていたかもしれない。そうなれば,安全審査の実施前に、専門家の意見聴取や内部検討を始めていたことになる。
■申請の受理に先立って保安院が専門家に意見を聴取する手続としては,平成13年1月以前は「原子力発電技術顧問会」という制度があり,この制度に基づいて専門家の意見聴取をしていたし、その時期以降は「意見聴取会」という名称で総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会やその下部の小委員会等に属する専門家から意見聴取をするという運用がされていた。
今回の例で言えば、東電が対策を講じる根拠とする2008年東電試算とその前提となる長期評価の考え方について, 原子力安全・保安部会等に属する専門家に意見を聴いたと考えらる。
■東電が福島沖で福島第一発電所に15.7メートルもの津波を到来させる地震が起こることを想定すると保安院に申し出てくることが前提となっているが、仮にそうだとしても、 保安院が設置許可を出すことは,その想定津波の決め方に規制当局としてお墨付きを与えることになり,全国の他の原子炉や他の事業者に大きな影響を与えることは間違いない。保安院としては、申請の中で示された津波想定のあり方を東電だけのものとして妥当と評価することはできない。この点は、津波の専門家の中でも意見が分かれうるところなので, 専門家の意見聴取会で相当議論をしてもらったはずである。
■保安院は,指針も学協会の規格もない状態で安全審査をするので、技術面での実現可能性の裏付けには,東電独自で水理実験をするなどし, 想定する津波に耐えられることをデータで示すように求めたはず。
これを受け, 保安院では原子力工学や土木, 機械など,地震津波とは別分野の専門家にも集まって議論してもらい、ようやく津波対策としての妥当性を評価することができるから、かなり多くの時間を要した。
原子力安全委員会で津波に関する指針策定 (改訂)の動きがあったかもしれない。そうなれば,実際の耐震設計審査指針の改訂に5年余りを要した例もあり,東電の審査が相当程度後ろ倒しになった可能性もある。
■地元了解について
なお,これまで申請から許可処分までの期間を話してきたが、 実際には,内規上,申請前のプレヒアリングの段階で事業者が地元自治体の了解を得ているのかを確認する手続も必要とされていた。具体的には,東電と地元自治体とで協定が結ばれていたので, それに従い, 申請内容などを事前に地元に説明し, その了解を得ておく必要があった (資料6:「東京電力株式会社福島第一原子力発電所周辺地域の安全確保に関する協定書」)。
それまでドライサイトであった原子力発電所で, 津波による主要地盤の浸水を想定した対策を行うということは、そもそも稼働の是非を含めすぐに地元自治体の了解をもらえたのかは不明。
■ 工事計画認可
上で述べた設置変更許可が行われた場合,その後,事業者は,電気事業法に基づく工事計画認可申請をする必要があり、 保安院はその計画を事業者のヒアリングなどを通じて審査し,問題なければ認可をすることになる。この工事計画認可の申請から認可までの標準処理期間は,行政手続法に基づき経産大臣が定めており, 3か月とされていた。
平成14年8月に長期評価を受けた試算を保安院は東電に求め「40分間の抵抗」を受けて、言いくるめられているが、保安院は東電の主張を鵜呑みにせず、専門家の「意見聴取会」に諮った上で規制の要否を判断すべきであった。また平成20年の貞観津波試算について東電から報告を受けた際も、「意見聴取会」に諮った上で規制の要否を判断すべきであった。
■関連ブログ「原子力施設の耐震安全性に係る新たな科学的・技術的知見の継続的な収集及び評価への反映等について(内規)」
青木氏は東電が設置変更許可申請を出した場合には専門家の意見聴取をしたという流れのみを説明するが、規制当局側が新知見に接した場合(あるいは電気事業法の報告徴収権を行使して新知見に接した場合)に、これを軽視することなく、少なくとも専門家の「意見聴取会」に諮ることで、規制の要否や内容あるいは「切迫性」などを科学的・合理的に判断すべきであった。このことは米国よりいわゆる「B.5.b」の情報提供を受けた際にもこれを保安院限りでお蔵入りさせるのではなく、核セキュリティ分野を含めた専門家に意見聴取をして規制への取り込みや電気事業者との情報共有を判断すべきであった。
(補足)
なお、青木氏は敷地高を超える津波について「地元了解」が得られない限り稼働がそもそもできたかについて疑問を呈しており興味深い。
また、平成22年の原子炉圧力高設定値変更・非常用復水器の圧力高設定値変更についても設置許可変更申請手続も必要であったのではないか、非常用復水器の圧力高設定値変更については電気事業法の工事認可ないし届出、使用前許可が必要であったのではないかと思われてならない。