東電は平成6年3月に福島第一と第二について「津波の検討について」と題する報告書をまとめている。平成5年の北海道南西沖地震を受けたものと思われる。
1611年の慶長三陸地震の際の福島県今泉(相馬郡新地町今泉)の痕跡高は5~6mと推定されているとある。
そして第1表は下記である。
慶長三陸地震(1611年)に今泉で5~6mの痕跡高の出典は羽鳥(1975b)(6)とある。この「津波の検討」における参考文献は下記のとおりである。
羽鳥徳太郎(1975b)「三陸沖歴史津波の規模と推定波源域」が参考文献に掲げられ,慶長三陸地震における今泉での津波痕跡高を参照している。その他にも多数の羽鳥徳太郎の論文が参考文献として掲げられている。
チリ津波合同調査班(1961)「1960年5月24日チリ津波に関する論文及び報告」も参考文献として掲げられている(この報告書では,羽鳥徳太郎は毛萱について明治三陸地震時には津波高は7mとされている)。
もっとも東電の報告書では慶長三陸(1611年)の波源モデルによる計算値と比較されたのは羽鳥ではなく,相田(1977年)である。延宝房総沖(1677年)については羽鳥(1975a)との比較となっている。
今泉の6~7mの痕跡高は比較されていないようである。
結局,この「津波の検討」では4m盤やポンプ設置レベル(O.P.ピラス5.58m以上)には影響がないとされている。その後,土木学会2002津波評価技術に続くこととなるが,羽鳥徳太郎による津波高さの数値は参照されないままとなっている。