福島第一原子力発電所1号機における非常用復水器(IC)設定値変更に伴う法的・規制的妥当性の検証

福島第一原子力発電所1号機における非常用復水器(IC)設定値変更に伴う法的・規制的妥当性の検証

安全解析の前提条件の変質と、各種規制手続きの瑕疵に関する考察

 

抄録

 

 2011311日に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故において、1号機の炉心損傷の進行を左右した極めて重要な設備が非常用復水器である。本設備は震災前年の20107月に、起動圧力の設定値変更が行われていた。本稿では、この設定値変更が当時の核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(原子炉等規制法)および電気事業法に照らし合わせて適正な手続きの下で実施されていたかを検証する。特に、非常用復水器の起動優先順位の変更が、原子炉設置許可申請書に付随する安全解析の前提条件を変更する性質のものであった点に着目する。当時の規制当局および事業者が行った保安規定の変更認可のみという簡易な手続きがもたらした不作為と、それが実際のプラント挙動や事故時の運転員対応に与えた影響について、法制面と技術面から考察する。

 

緒言

 

 福島第一原子力発電所1号機に設置された非常用復水器は、主蒸気管隔離弁の閉鎖等により主復水器が利用できなくなった場合において、原子炉内の崩壊熱を除去するために原子炉建屋内に設けられた冷却設備である。しかしながら、同設備については、2010年に行われた作動圧力設定値の変更工事が、プラントの熱流動挙動に影響を及ぼすものであったにもかかわらず、適正な許認可手続きや十分な安全審査を経ていなかったという疑義を提起したい。原子力プラントの安全確保においては、設備の改造や設定変更が既存の安全解析の枠組みにどのような影響を与えるかを評価し、関係法令に基づく厳格な手続きを経ることが不可欠である。本稿では、公表されている設置許可申請書、当時の安全審査内規、電気事業法施行規則、および専門家による調査報告等を参照し、本設定値変更がいかなる法的かつ規制的な瑕疵を内包していたのかを検証する。

 

1.2010年設定値変更の技術的経緯と論理的飛躍

 本設定値変更の発端は、20092月、起動操作中の1号機において発生した異常事象にある。タービンバイパス弁の不具合により、保安規定の運転上の制限値を超えて原子炉圧力が急上昇した際、主蒸気逃がし安全弁は正常に動作したものの、計器誤差が要因となり、同設定圧力であったはずの原子炉圧力高スクラム信号が発信されない事態が生じた。この事象を教訓として、原子炉圧力の異常上昇時には、主蒸気逃がし安全弁による圧力制御よりも、原子炉スクラムによる反応度制御を優先させるべきとの判断がなされた。その結果、東京電力は20105月、計器誤差を見込んでも原子炉圧力高スクラム信号が主蒸気逃がし安全弁よりも先に発信されるよう、スクラム設定値を7.27MPaから7.07MPaへ引き下げる申請を行った

 重大な問題は、このスクラム設定値の変更に付随して、非常用復水器の起動設定値までもが、7.27MPaから7.13MPaへと引き下げられたことである。当時の主蒸気逃がし安全弁の設定値は7.27MPaのままで維持された。この変更により、変更前は実質的に主蒸気逃がし安全弁が優先作動する設計であったものが、変更後は原子炉スクラム、非常用復水器、主蒸気逃がし安全弁の順に作動する圧力の序列が形成された。原子炉スクラムを優先させる目的であれば、スクラムの設定値のみを単独で引き下げればその目的は達せられる。同一の安全保護回路内とはいえ、なぜ非常用復水器の起動圧力を主蒸気逃がし安全弁よりも低く設定し、優先的に実戦投入させる特異な変更を施したのかについて、申請書面上にも認可書面上にも明確な説明や検討の形跡は見当たらない。

 

2.設置許可申請書等に見る非常用復水器の法的・機能的位置づけ

 このような設定変更が行われた非常用復水器が、原子力規制上どのように位置づけられていたかについては、依拠する文書や時期によって著しい乖離が存在する。

 1号機の原子炉設置許可申請書本文においては、非常用復水器は明確に非常用冷却設備の一つとして位置づけられており、炉心スプレイ系や高圧注水系と並列して記載されている。計測制御系統施設の構造に係る安全保護回路の記載においても、その他の主要な安全保護回路の種類の補助保護機能として、原子炉圧力高の信号による非常用復水器の作動が掲げられている。同申請書の安全保護回路の概要図においても、原子炉圧力高の信号から原子炉スクラムと非常用復水器始動が分岐して作動するように描かれている。また、安全機能の重要度分類に関する審査指針に基づき、非常用復水器はMS-1に分類される安全上重要な設備とされている。

 さらに、2003年に当時の原子力安全・保安院が制定した原子力発電設備に係る工事計画の運用についてという内規によれば、復水器が使用できない場合の崩壊熱除去を目的とした非常用復水器系は残留熱除去設備の範疇に含まれると明記されている。

 しかしながら、事故後の原子力規制委員会等による第50回検討会においては、非常用復水器を常用設備として設置されており、運転時の異常な過渡変化及び設計基準事故の解析においてその機能は期待されていないと整理する見解が示された。過去の設置許可申請書本文や内規において非常用設備や安全上重要な設備として厳格に扱われていた設備を、事故後に常用設備へと解釈を変遷させたことについては、国の規制責任を免責するための方便ではないか。

 

3.原子炉等規制法に基づく設置変更許可申請の欠落

 非常用復水器を主蒸気逃がし安全弁よりも優先して起動させる2010年の設定値変更は、原子炉等規制法が定める設置変更許可を必要とする事案であった疑いがある。

 当時の原子力安全・保安院が定めた原子炉設置許可申請に係る安全審査内規によれば、設置変更許可が必要となる安全上重要な変更とは、添付書類十の安全解析結果に有意な影響を与えるような変更と明確に定義されている。非常用復水器の起動圧力を変更することは、以下の二点において、この安全解析への有意な影響に直結する。

 第一に、外部電源喪失等の過渡変化解析の前提が崩壊する点である。設置許可申請書の添付書類十では、外部電源喪失などの事象において、主蒸気逃がし安全弁の作動による減圧を前提としたプラント挙動の解析が行われている。設定変更によって非常用復水器が優先して起動するようになれば、圧力上昇時の挙動が変わり、プラントの熱流動は既往の安全解析のシナリオと完全に乖離してしまう。

 第二に、主蒸気管破断事故における放射性物質放出量評価の前提が無効化される点である。添付書類十における主蒸気管破断事故の解析条件では、主蒸気隔離弁閉止直後の漏えい率の計算基準が、明確に非常用復水器始動圧力においてと規定されており、そこから設計漏えい率が導き出されている。この始動圧力の数値を変更することは、環境中への放射性物質放出量や公衆の被ばく線量を評価する安全解析の基礎パラメーターを改変することに他ならない。

 1号機の非常用復水器という安全上極めて重要な設備の起動条件の変更を、単なる保安規定の変更認可のみで処理したことは、過去の規制運用から逸脱しているのではないか。

 

4.電気事業法に基づく工事計画認可および使用前検査の回避

 さらに重大な手続き上の不備は、電気事業法で義務付けられている工事計画の認可および使用前検査が行われていない点である。

 当時の電気事業法施行規則別表第二によれば、計測制御系統設備のうち、非常用のものに限る制御方式又は制御方法の変更を伴う改造工事は、国の審査を要する工事計画の認可対象であると規定されている同業他社である日本原子力発電も、非常用復水器の設定値変更工事は当該規則に該当し、認可対象となる旨の解釈を示している

 しかし、2010年の1号機における設定値変更工事において、東京電力は極めて不自然な手続きの切り分けを行っている。原子炉スクラムの設定値変更については、電気事業法に基づく工事計画の認可を申請し、同年531日に認可を取得し、その後に使用前検査を受検して728日に合格証の交付を受けている

 一方で、非常用復水器の設定値変更については、同時期に同一の安全保護回路内で実施された変更であるにもかかわらず、工事計画認可や届出の対象から除外し、使用前検査も受検していない。これらは526日付の保安規定の変更認可という手続きの中に含まれる形で処理されている。安全機能の根幹をなす設備の作動条件変更に対して、所管官庁が工事計画認可や使用前検査を指導しなかったことは、規制当局としての注意義務違反や不作為が疑われる事態である。

 

5.規制手続きの瑕疵が事故対応プロセスに与えた影響

 これらの厳密な法令上の手続きが回避されたことは、書面上の不備にとどまらず、事故対応の現場に重大な悪影響を及ぼしたと推察される。

 日本原子力研究開発機構の久木田豊氏や渡邉憲夫氏による調査報告においても、非常用復水器の作動設定値の変更は原子炉スクラムから全電源喪失までの間のプラント挙動に大きな影響を及ぼすとともに、設置許可申請書の安全解析における前提条件が変わることも意味するため、より慎重な検討がなされ、変更の事実とその影響が関係者に周知されるべきであったと強く指摘されている。また、この変更は手順書において数値自体の改訂はなされたものの、操作手順に反映されていないという状況を引き起こしていた。もし正規の安全審査が履行されていれば、運転員に対して非常用復水器が優先して起動するというプラント挙動の変化が周知され、異常時の操作訓練やマニュアルの見直しが行われていたはずである。

 仮に2010年に非常用復水器優先起動への不用意な設定変更が行われず、当初の設計通りに主蒸気逃がし安全弁が優先作動する状態が維持されていれば、全電源喪失時においても主蒸気逃がし安全弁による減圧と高圧注水系による注水という対応が行われ、2号機や3号機と同程度の時間稼ぎが可能であった可能性が高いと推察されている。

 

結語

 

 2010年に実施された福島第一原子力発電所1号機の非常用復水器設定値変更は、原子炉の安全解析の前提条件を変質させる安全上重要な変更であった。にもかかわらず、原子炉等規制法に規定される設置変更許可申請、および電気事業法に定められる工事計画認可や使用前検査といった、安全性を担保するための適正な法的規制プロセスが回避され、簡易な保安規定の変更認可のみで処理された。

 この規制機関と事業者による手続き上の重大な不作為が、結果としてプラントの特異な挙動を生み出し、運転員の設備に対する知識や技量の不足を招き、過酷事故における初期対応の混乱へとつながった蓋然性は極めて高い。本件に関する当時の許認可プロセスにおける判断の妥当性については、原子力安全規制の観点からさらに厳密な検証が求められる。

 

【引用文献・資料の紹介】

 本稿の作成にあたり、以下の公的資料および専門機関の報告書を参照・引用した。

 

『福島第一原子力発電所 原子炉設置許可申請書(1号炉完本)本文及び添付書類』(東京電力株式会社、平成144月)

 1号機における非常用復水器が非常用冷却設備として位置づけられていること、安全保護回路の作動ロジック、および添付書類十における安全解析の前提条件を確認するための一次資料。

『原子力発電設備に係る工事計画の運用について(内規)』(原子力安全・保安院、平成151127日制定

 非常用復水器系が電気事業法等に基づく工事計画の対象となる残留熱除去設備の範疇に含まれる旨を明記している当時の規制行政の内部規程。

・『原子炉設置(変更)許可申請に係る安全審査内規』(原子力安全・保安院、平成184月制定・平成197月改正)

 原子炉等規制法に基づく設置変更許可を要する基準として、添付書類十の安全解析結果に有意な影響を与えるような変更が該当することを定めた審査指針。

・『実用発電用原子炉施設保安規定の審査について(内規)』(原子力安全・保安院、平成20620日制定

 保安規定の認可審査において確認すべき事項を定めた内規。設計基準や安全解析の前提条件を満足することが求められていることを示す資料。

・『福島第一原子力発電所1号機において地震に起因する冷却材漏えいが事故の原因となった可能性があるという指摘についての検討について』(日本原子力研究開発機構:久木田豊・渡邉憲夫 他、201411月)

 専門家による調査報告書。ICの作動設定値変更がプラント挙動と安全解析の前提条件を変えるものであり、慎重な検討と関係者への周知が不可欠であったと指摘している。

・『工事計画認可・届出の対象設備の妥当性評価』(独立行政法人原子力安全基盤機構[JNES、平成1810月)

 電気事業法に基づく工事計画の認可・届出の対象範囲と、各設備の安全重要度分類との整合性について整理した評価資料。

・『福島第一事故の教訓集』(一般社団法人原子力安全推進協会[JANSI]、202112月)

 事故の教訓を整理した資料。ICの設定値変更に関する手続き的妥当性の検証については言及が十分でないことを示す参考資料。

・『第50回東京電力福島第一原子力発電所における事故の分析に係る検討会 資料6-21号機非常用復水器に係る考察及び課題』(原子力規制委員会、令和73月)

 事故後の現在の規制当局が、非常用復水器を常用設備と呼び、安全解析においてその機能を期待しないと解釈を変遷させている状況を示す資料。

・『当社水力発電所の電気事業法に係るデータ改ざん及び無届工事に関する調査報告書』(東京電力、平成19124日)

 過去に発生した電気事業法違反(無届工事)に関する調査報告書。規制手続きの遵守に対する事業者側の姿勢を検証する上での背景資料。

 ・『起動操作中の福島第一原子力発電所1号機における原子炉の手動停止について』(東京電力、平成21225日)

 2010年の設定値変更の発端となった、20092月のタービンバイパス弁不具合による圧力上昇事象の概要を報告した一次資料。